駅訪問記・ある夕暮れの西大山駅
1月初旬の西大山駅には菜の花が咲いていた。その向こうに開聞岳がうっすらと姿を見せる |
今年(2008年)の1月、私はこの西大山駅に降り立った。
時刻は17時16分。曇りの日であたりはすでに薄暗かったものの、開聞岳はかろうじてうすい影を残し、その山容を見せてくれている。1月だというのに駅前には菜の花がたくさん咲いていた。さすがは南国というところか。
しかし、私がホームに降り立つのを見計らったかのように、ポツポツと雨が降り出した。
少々蒸し暑い空気の中、濡れたアスファルトの匂いと菜の花の強い香りが漂う。そうだ、春の匂いだ。傘もささず、しばしその芳香に包まれた。
物音一つしない静けさ、というわけではないが、あたりは静かだ。それだけに、いろいろな音が耳に届く。
近くの畑からは、シャカシャカというスプリンクラーの音。唯一駅前にある大きな建物の中からは、途切れることのない機械のうなり。国道を行く自動車の走行音。そして、どこにあるのか、小学校の校内放送が風にのってはっきり聞こえてくる。
最南端の駅に夜のとばりが降りる
暗くなり、あたりはひっそりとしてきた |
周辺を散策してみるが、街灯はまったくなく、闇に目が慣れるまでは、まるで手探りで歩いているような感じだ。唯一灯りがあるのは駅だけで、少し駅から離れて眺めると、そこだけ都会の夜のように明るい。
突然、闇の中で犬が猛然と吠え出し、思わずぎょっとする。どうやら、近くの倉庫につながれていた番犬が、私を侵入者だと思ったらしい。
駅へ戻ってもまだ時間があり余っていたので、「駅ノート」をめくってみた。「駅ノート」というのは、その駅を訪れた人が記念に何か書き残せるように善意で置かれているもので、全国的に見かける。
私はめったに書き込まないのだけれど、この時は珍しく長々と綴った。やはり、さい果ての駅ということでこちらの意識も違っているのだろう。
駅前に軽トラックが停まり、中年の男性と犬が降りてきた。見回りなのか、散歩なのか、しばらくあたりを行ったり来たりしている。
向こうが私に気付いたので、こちらから会釈したついでに、そこにある建物は何ですか?と聞いてみた。
「ああ、あれは漬物工場です。カツオ節を削る工場も近くにありますよ」
と教えてくれる。そういえば、山川や枕崎はカツオ漁の基地だ。
「どこから来たの?」
「東京からです」
「東京……私の息子は、東京へ行ったきり帰って来ません。なんだか東京ってのはいいところみたいで」
男性はそう言ってうれしそうに笑った。いいところかどうかはわからないが、西大山から東京までは直線距離で約1,000キロ離れている。想像以上に遠い所だ。
闇を明るく照らす最南端の小さな駅の灯り。そこに駅があるということだけでうれしい |
過ぎてみれば、1時間半の空白などあっという間だった。やがて遠くから、ディーゼルカーのヘッドライトが近付いてくる。こんな小さな駅に停まってくれるだろうかと不安になるが、もちろんそんな心配は不要だった。
ドアが開くと、制服の高校生が一人降りてきた。この駅から毎日通学しているのだろうか。だとすれば、彼女は最南端の列車通学生だな、と思った。
まだこの駅を離れたくない。しかし枕崎行のディーゼルカーはエンジンを震わせ、力強く、動き出す。
西大山駅の小さなホームは、すぐに視界から消えていった。
[駅データ]
西大山(にしおおやま)駅
JR九州・指宿枕崎線
所在地:鹿児島県指宿市山川大山(Yahoo!地図情報)
開業日:1960(昭和35)年3月22日