『お金の不安という幻想 一生働く時代で希望をつかむ8つの視点』(田内学著)では、お金への不安が人の選択をゆがめ社会全体に影響を及ぼしている現実と、そこから抜け出すための生存戦略を描く一冊。
本書から一部抜粋し、「人手不足」が社会インフラを揺るがす理由、「お金はあるのに何も買えない」奇妙な社会の到来について解説していく。
バスが来ない、先生もいない
「福井駅まで車で迎えに行きましょうか? 」福井県立図書館で講演をしたとき、司書さんがそう提案してくださった。はじめは丁重に断るつもりだった。県立の大きな図書館で、地図を見ると新幹線の駅からもそう遠くない。バスを使えば問題ないと思っていた。
ところが、事情を聞いて驚いた。運転手不足でバスの本数が大幅に減り、運休日まであるという。結局、ありがたく迎えに来てもらうことになった。こうした公共交通の縮小は、福井に限らない。各地で高齢者や学生の足が奪われつつある。
熊本市の教育イベントに参加したときは、教員不足の深刻さを耳にした。熊本市教育委員会は、2024年度に必要な教員を確保できず、追加募集をかけても人が集まらなかった。
臨時職員も足りず、教頭先生が担任を兼任する学校まで現れているという。給料を引き上げれば改善するのでは──そう思いたくなるが、公的な給与水準には限界があり、すぐに対応するのは難しい。人手不足の波は教育現場にも押し寄せている。
介護現場も同様だ。特別養護老人ホームなど公的な施設では、入居に1年以上かかる自治体もある。訪問介護の担い手も不足し、対応を断られる家庭も出てきている。
ここでも、介護報酬という公的な制約から、抜本的な待遇改善はなかなか進まない。高額な民間施設であれば働く人を集められるが、そこに入居できるのは高額な費用を蓄えた人だけだ。
まさに、配達料金5000円でも頼めた富裕アリたちのように、一部の人だけがサービスを受けられる世界だ。暮らしまでもが分断され始めている。
社会を支える重要な仕事で「稼げない」
こうした生活に欠かせない分野で、軒並み人手不足が深刻なのは、仕事の重要性と年収が必ずしも一致しないという構造的な歪みがあるからだ。社会を支える重要な仕事でも、高い年収を得られるとは限らないのが現状だ。老後への不安が高まるほど、人々は稼げる仕事へと流れていく。「お金を稼ぐ人が偉い」という空気が、その流れをさらに加速させる。
(中略)やりがいを感じても、周りからの評価が気になってしまう。その結果、教育・介護・交通など、暮らしの基盤となる分野が崩れ始める。皮肉なことに、「お金に不安を抱く社会」が社会基盤の人材供給を歪めてしまっているのだ。
もちろん、給料を上げれば一定の人材は集まるかもしれない。だけど、それだけでは足りない。働き手が不足しているのは、生産年齢人口(15歳から64歳の働く世代)が減り続けているという構造的な問題に根ざしている。
2023年に発表されたある報告書は、2040年の日本社会では、深刻な労働者不足によって、社会インフラのあらゆる分野で崩壊のリスクがあると警告している。
お金はあるのに、何も買えない──そんな奇妙な社会が、すぐそこまで迫っている。
田内 学(たうち・まなぶ)プロフィール
社会的金融教育家。お金の向こう研究所代表。2003年東京大学大学院情報理工学系研究科修士課程修了後、ゴールドマン・サックス証券株式会社に入社。日本国債、円金利デリバティブ、長期為替などのトレーディングに従事。日本銀行による金利指標改革にも携わる。2019年に退職し、執筆・講演活動を通じて「お金と社会の関係」を伝える活動を始める。『きみのお金は誰のため』(東洋経済新報社)は「読者が選ぶビジネス書グランプリ2024」で総合グランプリを獲得した。







