多くの寺院や葬儀専門業者などを取材してきたベテラン記者が、弔いのリアルな現場をわかりやすく伝える『弔いの値段 葬式、墓、法事……いくら払うのが正解か?』(大久保潤・鵜飼秀徳著)より一部抜粋し、お布施の金額が「お気持ち」と言われる理由を紹介します。
お布施が非課税である理由
戒名の値段も含め、お布施が不透明なのには理由があります。それは、葬式や法要に関するお坊さんの行いは「サービスの対価」ではなく「宗教上の行為」とされているからです。宗教法人による宗教行為なので収入(お布施)は非課税になります。
全日本仏教会はお布施について「サービスの対価ではなく、金額は慈しみの心に基づくもの(お気持ち)」という考え方を貫いています。
「わかりにくい」という利用者の不満に理解を示しながらも「サービスとすれば課税される可能性がある」として、お布施の定額表示に反対してきました。
ところが、すでに「お布施の金額の目安」を公表しているお寺が出ています。では、税金を徴収する国税庁はどう考えているのか。
私が知る限り、お布施の金額の目安を明示して国税庁から課税された例は今のところありません。国税庁は「お布施に伴う収入は宗教活動に伴う喜捨金(つまりは寄付的意味合いのお金)なので課税対象にはならない」と説明しています。
お布施の金額を明示すると課税されかねないという不都合は理屈では理解できます。
しかし、「お布施が高すぎる」あるいは「お布施を払うぐらいならお坊さんは呼ばなくていい」と考える人も増えている中で、「金額は示せない」と言い張ることは、不透明さを敬遠した寺離れを加速させる危険をはらみます。
つまり、自分で自分の首を絞めるリスクこそが、お布施問題に潜む「不都合な真実」なのです。
全日本仏教会が2023年に公表した実態調査では、お布施の金額を「お寺が明示することが必要」とする人の割合が53.5%に達しました。
「お気持ち」は高額請求の口実?
この仏教界のお布施問題と同じ状況がかつて弁護士会にもありました。弁護士に相談したり、弁護を引き受けてもらったりする時の弁護士報酬がとても不透明だったのです。今はかなり透明になっていますが、この報酬透明化に関わった知人の弁護士がこんなことを言っていました。
「実は弁護士についても報酬がサービスの対価か、お布施に近いものかについては、かつて争いがありました。私はサービスの対価という立場でしたが、長い間報酬を公開しないという不健全な時代が続きました。
しかし、報酬を明示しなければ利用者が困るのです。そして弁護士を利用しなくなってしまう。はっきり言って『お気持ち』と言う仏教界の考えは、一部の弁護士がそうであったように、お布施の額を吊り上げる方便として使われているのだと思います」
金もうけのビジネスの論理にお寺や宗教が巻き込まれてはいけない、という理屈で「お気持ち」と言い張っていますが、現実にはお寺側の「もうけたい」ビジネスのマーケティング戦略に利用者が巻き込まれているのが実態だと思います。
大久保 潤(おおくぼ・じゅん)プロフィール
1963年生まれ。国際基督教大学教養学部卒。日本経済新聞社入社後、社会部、証券部、那覇支局長、新潟支局長を経て、現在は東京本社くらし経済グループ・シニアライター。自治体や大学、経営者団体などでの講演も多数。
鵜飼 秀徳(うかい・ひでのり)プロフィール
僧侶、ジャーナリスト。1974年、京都・嵯峨の正覚寺に生まれる。成城大学文芸学部卒業。日経BP記者を経て独立。2021年に正覚寺住職に就任。主に「宗教と社会」をテーマに執筆、取材を続ける。大正大学招聘教授、東京農業大学、佛教大学非常勤講師。公益財団法人全日本仏教会時局問題検討委員会委員(学識経験者)。