『1%の革命 ビジネス・暮らし・民主主義をアップデートする未来戦略』(安野貴博著)では、AIを起爆剤に、行政や教育などの各業界をアップデートする方法論を、2024年夏の東京都知事選で15万票を獲得した著者が伝えています。
今回は本書から一部抜粋し、公立学校が抱える課題と未来に向けた解決策について紹介します。
公立学校に未来はあるのか?
東京都では中学校への進学時、あるいは高校への進学時に、かなりの割合の生徒が私立を選択します。「どうしても私立に行きたい」というより「できれば公立には行きたくない(行かせたくない)」という心理が強くはたらいており、それだけ公立学校の教育の質に対する評価は芳しくありません。それはそもそも公立校が他と差別化できる、特色のある教育方針を打ち出さないことへの物足りなさもあるのでしょう。
学費の高い私立への教育ニーズの偏重は、当然、家計を圧迫する要因ともなっています。多様な学びの選択肢を増やすこと、そして質の高い教育を提供すること、いずれの面においてもニーズを満たすような公立の学校が増えることが必須です。
STEAM教育の観点がない現状
現状、これからの産業界で必要とされている理系・技術系の人材を育成するSTEAM教育の観点が、公立の中学・高校の教育ではすっぽり抜け落ちています。スタートアップを経営していた観点からいうと、日本では、ビジネスサイドの需要と、大学等から供給される技術系学生の数が現状まったくマッチしていません。アメリカでは、データサイエンスやソフトウェアエンジニアリングが重要な分野になるということが明らかになると、その学科の定員数が増えるのとは対照的です。
STEAMの中でも「E(Engineering)」の重要性にはすでに触れましたが、「A(Arts)」の要素も非常に大切です。「A」は芸術やリベラルアーツと訳されることが多いですが、もともとSTEMだったところに、科学や数学に加えて、心理学、経済学、社会学、政治学といった人文社会科学もまた教育上不可欠であるとの認識が反映され、Aが加えられたのです。
STEAM教育の本質は、文理を統合した地平にあります。Aは、「世界を見る新しい視点・価値観を提示する力」ですし、「ストーリーによって共感を生み出す力」ともいえます。理系的なアプローチだけでは成し遂げられない課題解決力、テクノロジーを社会に受け入れられる形で実装するうえで欠かせない力です。
STEAM教育の実践例
こうした観点まで含んだSTEAM教育の実践例として、国内では私立神山まるごと高専(徳島県)が参考になるでしょう。「モノをつくる力で、コトを起こす人」の育成を掲げる同校では、情報工学を中心としたエンジニアリングとデザイン分野を学ぶとともに、コミュニケーションやリーダーシップなどの起業家精神を身につけることを目指しています。
具体的には、単にソフトウェア開発に必要な基礎知識や、魅力あるサービス・製品をつくるためのデザインを学ぶのみならず、自ら課題発見を行い、問題解決のためにチームで取り組んだりします。
アクティブラーニングの一環として課題解決型学習(PBL)を取り入れ、実社会における課題の設定から、仮説の設定、調査・演習の準備と実践、分析、仮説の検証まで、戦略的に立案する力を目指しているのがユニークな特徴です。
また、2022年に東京都調布市のドルトン東京学園中等部・高等部で、「没頭の場」をコンセプトにした「STEAM棟」が誕生したのも注目に値します。クラフトラボ、ラーニングコモンズ、サイエンスラボの各フロアでは、高性能PCでメタバースの構築に取り組んだり、3Dプリンターやガーメントプリンターで作品をアウトプットしたりすることができ、生徒間の交流の場にもなっています。型にはめずに生徒の内発的な興味から創造性が発揮できるよう、社会に開かれたクリエイティブな学びが掲げられています。
都内に、こうした「21世紀の人間力」を目指す学校を都立中高一貫校として設立できたら、将来にわたって大きな価値をもつのではないでしょうか。都立の中高一貫校を設置できる制度自体はすでにあり、新校の設置は決して不可能なことではありません。
潜在能力を引き出す「AP」とは
また、多様な学びの選択肢という観点で、ぜひ都内の高校でも導入を推奨したいのが、アメリカでは一般的な、AP(Advanced Placement)と呼ばれるプログラムです。APとは、高校生が大学レベルの講義を受講し、大学に進学後はすでに受講したぶんの単位が認定される“先取りプログラム”で、日本でも一部の私立高校では導入済みです。勉強ができる生徒ほど授業中に塾の宿題を解いていたりするものですが、それほどの余裕があるならば、週に1コマでも大学の講義を受けに行き、より専門性の高い世界を覗き見るほうがはるかに知的好奇心の刺激になるでしょう。
都の主導のもと、都立大学での改革や、都内の高校とより多くの大学の参画を促し、プログラム導入に向けた協議を進めていくべきだと思います。
安野 貴博(あんの たかひろ)プロフィール
AIエンジニア、SF作家。1990年、東京都生まれ。東京大学工学部システム創成学科卒。在学中、AI研究の第一人者、松尾豊氏の研究室に所属し、機械学習を学ぶ。ボストン・コンサルティング・グループを経て、2016年にAIチャットボットの株式会社BEDORE(現PKSHA Communication)を創業。2018年にリーガルテックのMNTSQ株式会社を共同創業。2019年、「コンティニュアス・インテグレーション」で第6回日経星新一賞一般部門優秀賞を受賞。2021年、『サーキット・スイッチャー』で第9回ハヤカワSFコンテストで優秀賞を受賞し、作家デビュー。2024年に東京都知事選に出馬し15万票獲得。2025年1月「デジタル民主主義2030」発足、同年5月に「チームみらい」を結党し、参議院選挙(比例代表)で初当選、政党要件を満たす2%以上の得票率を達成。AIを活用した市民参加を軸に、現場と政策をつなぐ活動、双方向型のコミュニケーションを実践している。