『お金のニュースは嘘ばかり 厚労省・財務省から外国人投資家まで』では、日本人のお金をめぐるニュースを取り上げ、政治・官僚・マスコミの俗説・空論を人気の経済学者・高橋洋一氏がぶった切ります。
今回は本書から一部抜粋し、高額療養費制度をめぐる政治の迷走について紹介します。
あまりに無責任な“ちゃぶ台返し”
2025年3月、石破首相は同年8月からの高額療養費の自己負担上限額引き上げを見送る、と表明しました。3月7日夜、総理大臣官邸でがんや難病の患者団体と面会したのち、福岡厚生労働大臣と加藤財務大臣、自民党の森山幹事長と公明党の西田幹事長たちと会談し、見送りを決めたようです。
会談後、石破首相は記者団に「これまでも指摘を真摯に受け止め『多数回該当』の方の負担の据え置きや、令和8年度以降の所得区分の細分化の再検討などを行ない、その点については、一定の評価をもらったが、今年の分の定率改定を含め、今回の見直しについては、なお理解を得るには至っていない」と語りました。
石破首相自ら高額療養費の抑制と医療費の削減を理由に自己負担引き上げを主張し、直前にも「予定通り実施し、来年以降は再検討」と引き上げ貫徹を表明したばかりのタイミングで、この撤回。しかも、衆議院で予算通過後です。
それなら衆院で予算を修正しておくべきで、信じられないほどのブレブレです。
撤回の理由として、2月21日の衆院予算委員会で、石破首相が特定医薬品のキムリア、オプジーボの名を挙げて「せっかくだから申し上げておくが、キムリアは1回で3000万円。有名なオプジーボが年間に1000万円」「ひと月で1000万円以上の医療費がかかるケースが10年間で7倍になっている。何とかしないと制度そのものがもたない」と主張し、医療関係者や患者団体から猛反発を浴びたことも大きいのでしょう。
そもそも効果は“焼け石に水”だった
そもそも、2023年度に病気・けが等の受診で医療機関に支払われた日本の総額医療費は概算47.3兆円。高額医療費の削減効果は200億円前後といわれており、焼け石に水です。また、島根県の丸山達也知事は「生死に関わる病になったときこそ、生活が厳しい人でも高度医療が受けられるようにすることが、国民皆保険制度の本義でしょう。厚生労働省の官僚たちが当然知っている『基本中の基本』です。
医療費の抑制は、生死に直結する部分からではなく、軽い疾患の部分から見直すのが筋です。にもかかわらず、国民皆保険制度の中核を破壊するような高額療養費自己負担上限額の引き上げ案を平然と出すこと自体が、異常です」(『Voice』2025年3月号「高額療養費見直しは日本の統治機構の汚点」)と語っています。
ちなみに、野党では日本維新の会が唯一、2025年度予算案修正案で自民党の高額療養費の自己負担引き上げに賛成しました。有権者の皆さん、よく覚えておきましょう。
高橋洋一(たかはし よういち)プロフィール
株式会社政策工房会長、嘉悦大学教授。1955年、東京都生まれ。東京大学理学部数学科・経済学部経済学科卒業。博士(政策研究)。80年、大蔵省(現・財務省)入省。大蔵省理財局資金企画室長、プリンストン大学客員研究員、内閣府参事官(経済財政諮問会議特命室)、内閣参事官(首相官邸)などを歴任。小泉内閣・第1次安倍内閣ではブレーンとして活躍。2008年に『さらば財務省!』(講談社)で第17回山本七平賞を受賞。