本記事では住宅評論家の櫻井幸雄氏が、アメリカの事例や日本の市場動向をもとに、マンション価格の今後について読み解きます。
住宅ローン金利が上がると、マンション価格は下がる?
新築分譲マンションの売れ行きは、これまで住宅ローンの金利水準で左右されてきた。住宅ローンの金利が下がれば(つまり、お金を借りやすくなれば)、マンションの売れ行きは上向いた。低金利とともに住宅減税の拡大が生じれば、売れ行きはさらに上がる……過去のマンションブームはそうやって起きた。では、逆に金利が上がったときはどうなるか。
金利が上がれば(つまり、お金を借りにくくなれば)、家の売れ行きは落ちる、というのが順当な予測となる。その結果、マンションの売れ残りが多くなれば、価格下落が始まる……つまり、住宅ローンの金利が上がることで、マンションの値段が下がるという予測が成立するわけだ。
平成バブルが収束したのも、同じような理由。金利が上がったし、金融機関からお金を借りにくくなった。それで、高額化した住宅の買い手が減り、住宅価格が急激に下がったのである。
この図式を、現在の不動産市況に当てはめるとどうなるか。
都心マンションを中心に価格が上がったが、売れ行きは好調という状態が長く続いたのだが、「住宅ローン金利の上昇で、その時代が終わるかもしれない」「景気がよかったマンションもいよいよ暴落か」そんな声も聞こえてくる。では、本当にマンション価格は下がるのだろうか。
結論を先に申し上げると、金利が上がることでマンション価格の下落が起きるとは限らない。いや、価格下落は起きない可能性が高い。理由は、先に金利を上げた国で、住宅価格の下落が起きなかったからだ。下落するどころか、さらに価格が上昇という先例があるのだ。
アメリカは、2022年から高金利に切り替えたが……
日本より先に高金利にかじ取りした国の代表はアメリカ合衆国だ。パンデミックによる景気低迷への対策として、ゼロ金利政策をとっていたアメリカは2022年以降政策金利の利上げを行い、住宅ローンの金利(利用者が多い30年固定)の平均が3%台から6%以上に上がった。そんなに金利が上がったら、住宅の売れ行きは落ちるだろう、と予測する人が多かった。ところが、実際の住宅価格は全く落ちず、むしろ上昇した。
なぜ、そんなことが起きたのか。理由はいくつか考えられている。
まず、住宅購入者の主軸となる中間層の所得が増え続けたこと。金利の上昇を容認できるくらい収入が増えたというのだから、ちょっとうらやましくなる。2つ目の理由は、高金利の時期が続き、それに順応する人が増えたこと。高金利でも「まあ、そんなものか」と考えるようになったわけだ。それも、収入が増えた影響と言えそうだ。
そして、最後の理由と考えられたのが、売り物件が減ったこと……その影響が大きかった、と考えられている。
日本と異なり、アメリカでは、大半の人が中古住宅を購入する。新築は集合住宅も一戸建ても数が少なく、購入するには手間もお金もかかる。中古のほうが現実的なのだ。その中古住宅の売り物が減ってしまった。理由は、売り控える人が増えたから。
「住宅ローンの金利が上がったので、家の値段は下がる」と騒がれたものだから、マイホームを売ろうとする人は身構えたのである。今、売り出しても売れない。売れずに値段を下げる事態も想定される。そんなときに売りたくない、と売り出しを控えた。その結果、物件不足が生じて、価格上昇が生じたわけだ。
似たような現象は、実は、数年前の日本でも起きた。それは、コロナ禍が起きた2020年。最初の行動制限が発令され、経済活動の多く停止したときだ。
当時、中古マンションの価格は下がる、という予測が出た。かくいう私も、そう予測した。コロナ禍で収入が減った人の中には、マイホームを売り出す人が出てくるはず。その数が多ければ、中古の価格が下がる。中古マンションを安く買いたいと思っている人には絶好のチャンス到来……そのような予測が広まった結果、想像外の動きが生じてしまった。
殺到したのは、「買いたい」人たちばかり
コロナ禍が起きて以降、中古マンションを仲介する不動産会社の電話は鳴り続けた。「売りたい」という人からの電話ではない。「買いたい」という人からの電話だ。「安い物件が売りに出るはず。掘り出し物が出たら、他の人より先に教えて」という電話である。そんな問い合わせが殺到したのだが、実際に売りたいという電話はめったになかった。前述したとおり、売り手は「今売ると、損をする」と警戒したからだ。
結果として、買い手が多く、売り手が少ない状況が生まれてしまい、図らずも中古マンション価格が大きく上昇したのである。
売り出し物件が減ったのは中古マンションだけでなく、新築分譲マンションも同じ。2013年には5万6000戸台、2019年には3万1000戸あった新規売り出し戸数が2020年は2万7000戸台まで減少。2021年は3万戸台まで回復したが、その後は減り続け、2024年は2万3000戸台まで減少した。2025年は2万戸を割るかもしれない、とされるほど発売戸数が減っている(不動産経済研究所調べ)。
かつて、日本でマンション価格の暴落が起きたとき、1年間の発売戸数はずっと多かった。「都心マンションブーム」が起きた1999年から2005年まで首都圏では毎年8万戸以上の新築分譲マンションが売り出されていた。
それだけ大量の新築マンションが売られていたので、2006年以降、売れ行きが下降したとき、在庫がダブついて値下げせざるを得なかった。そこにリーマンショックによる景気減速が加わって、暴落状態となった。暴落の始まりは「在庫のダブつき」だったのである。
マンション価格は今後どうなる?
今、新築マンションは発売戸数を調整することで、「在庫のダブつき」が出ないようにしている。その点、中古マンションは状況次第で売り物が増えるかもしれない。それは、2020年以降、転売目的で都心マンションを買った人が我慢しきれずに売り出すケースが想像されるからだ。「本当はもっと高くなるまで待ちたいと思っていた。しかし、これ以上持ち続けることはできない」とある程度の金額で手放す……その動きが出れば、中古マンション価格は下がる可能性がある。この先、都心マンションの値下がりが生じるとしたら、中古マンションからだろう。
しかし、「中古マンションが下がったら、買っておこう」と狙う人が増えたら……コロナ禍のときのように、中古の売り物件が減り、逆に中古マンション価格が上がる可能性もなしとは言えないのである。
文:櫻井幸雄
住宅評論家。全国で年間200件以上の物件を現地取材し、書籍や雑誌、新聞、テレビなど幅広いメディアで活躍中。著書に、『知らなきゃ損する!「21世紀マンション」の新常識 5000件見抜いた男が教える「見方・買い方」』(講談社)、『不動産の法則 誰も言わなかった買い方、売り方の極意』(ダイヤモンド社)、『買って得する都心の1LDK 借りるのは「負け組」』(毎日新聞出版)など