なかのアセットマネジメント社長の中野晴啓さん
そんな中野さんが新たな投信でこだわったのが、日本株のアクティブ運用です。インデックス投資が人気の今、なぜあえてアクティブ運用なのでしょうか? 中野さんに新たな投信に込める思いを聞きました。
日本株のアクティブ運用にこだわった理由
――準備中の新しい投資信託の運用方針を教えてください。中野晴啓さん(以下、中野さん):近年、指数連動を目指す低コストのインデックス型投資信託が人気となっています。恐らく新しいNISA制度でも、つみたて投資枠ではインデックス型投信に集中して資金が流入していくのだろうなと思っています。しかしこうした状況に対し、今必要なのは本格的なアクティブ運用(*)であることは間違いないです。
*運用担当者が独自の分析で有望な銘柄を選定し、市場指数を上回る運用成績を目指す運用スタイル
本来の王道的なアクティブ運用とは、プロがきちんと価値のある銘柄を選別し、長期間コミットして投資を続けることです。ですから、私たちはそのような高い目標を置いて実践するアクティブ型投信をつくります。新年度の早い時期にも2本の運用を始める予定です。
1本は世界株のアクティブ型投信です。私は長年、国際分散の重要性を投資家に訴え続けてきました。多くの生活者にとって、世界の経済成長を養分としてお金を育てていくことが一番合理的だからです。
もう1本は日本株のアクティブ型投信です。とりわけ新会社でこだわったことは、日本に向けての思いなんですよ。日本はバブル崩壊後、「失われた30年」と呼ばれる長期停滞を経験してきました。この現状をどのように変えていけるかという重要な答えの1つが産業界にあります。当たり前のことですが、日本の産業界が再び力を発揮できる環境をつくることが、やはり日本経済の再建につながります。それを資本市場の中から支えていく運用をどうしても実現したい、と。
今の日本の大きな課題の1つは不効率なんですよ。新陳代謝が起きない。賞味期限の切れた会社がなくならず、能力のない経営者がいつまでも居座っていることが成長を阻んでいます。日本株の代表的なインデックスであるTOPIX(東証株価指数)には、そういう会社が含まれています。ですから、本当に力のある企業、日本の将来を牽引する潜在的な能力のある企業、テクノロジーやサービスを開発する力のある企業、そしてそれを形にできる経営が存在している企業を厳選したアクティブ型投信をつくることによって、日本の産業界を応援していきたいと考えています。
投信のポートフォリオ「丸裸にしたい」
東京・兜町にあるオフィスで新しい投資信託の運用に向けて準備を進める中野さん(左)
中野さん:「目標は資産○○億円ですか」といった質問をよく受けますが、会社の規模を拡大することが私たちの目標ではありません。ただ、一人でも多くの人を長期投資家に導いていきたい。長期投資家というのは、自分の力で人生を豊かにする自立した人です。それを支えるために全力を尽くすのが運用会社の仕事だと思います。
私たちは日本社会が求めているアクティブ運用を磨き上げ、極めて高度なアクティブ型投信をつくることを目標に掲げています。そして、ポートフォリオの内容も丸裸に公開していきたい。信頼の礎は透明性にあるからです。ですから、お客さまにできる限り情報を提供していきます。
また、新会社では個人投資家同士が交流できるコミュニティをつくる予定です。長期にわたって投資を続けていく中で、個人投資家は孤独になりがちなんですね。でも実際には、同じ立場の仲間がたくさんいます。同じ価値観を持った仲間が励まし合いながら共に成長していける仕組みを提供していきたいと考えています。
ビジネスの本質的価値は「人を幸せにすること」
「多くの経営者が(ビジネスの)順番を間違えています」と語る中野さん
中野さん:きっかけは(セゾングループの金融子会社で)資産運用業務を担当していた頃、日本の長期投資の元祖とも言われる澤上篤人さん(*)と出会ったことです。当時、自分が心の底から納得できる長期投資を実現したいと考え、それができる場所を投資信託の運用に見出していた私は、澤上さんから長期投資を営むことの社会的本質を学びました。長期投資は運用担当者にとっては自己実現の手段でもあるんですけど、これを世の中の多くの人たちにきちんと提供し、その成果を世の中の人たちに共有すること自体に社会的意義があるんだ、と。つまり、世の中を豊かに変えていける、みんなを幸せにできる素晴らしい仕事であるという気づきを澤上さんから教わりました。
*日本初の独立系直販投信会社「さわかみ投信」の創業者。日本の長期投資の草分けとされている
その瞬間から、「自分のため」の長期投資が、「世のため、人のため」の長期投資に変わったのです。それを具現的に会社のビジネスとして形にしたのがセゾン投信の事業モデルだったんです。ですから、「自分のため」をはるかに越えたところにビジネスモデルがあり、生活者の幸せを最優先する理念を掲げてきたのです。
当然、ビジネスである以上、経済的に成り立つものにしなければなりません。ビジネスとして成立させるための努力も必要です。ただ、世の中にたくさんの幸せを提供し続ければ、経済的なリターンは還元されます。それが企業の成長であり、存在意義です。
今、多くの経営者が順番を間違えています。企業の目的は利益を上げることだと考えられています。しかし、間に何かが抜けてしまっている。利益を上げる前に、まず世の中を幸せにし、豊かにすること。世の中に笑顔をつくること。世の中に「ありがとう」をいっぱい生み出すこと。これが(ビジネスの)最初の目的でなければ、ビジネスの本質的価値がどこかで見失われちゃうんですね。
結果的に、「ありがとう」と言ってくださったお客様は必ずリターンを返してくれます。これが今、金融庁が(金融機関に対し)求めている「顧客本位の業務運営」なんですよ。
目先の利益を追求しなければ、数字目標もなくなります。お客さまのためにやるべき仕事をやる。数字は結果として後からついてくるものです。セゾン投信時代、親会社が「新規口座数○○」「運用残高○○」といった数字目標を要求するので、一応目標を立ててはいましたが、そんなものは社内で共有したことはないんですよ。
資産運用は「一種のアートである」
――最後に、2024年の抱負をお聞かせいただけますか。中野さん:新会社として第一歩を踏み出す年ですから、無我夢中で頑張るしかありません。なんせゼロからの再スタートですから。セゾン投信で積み上げてきた6000億円という運用資産の規模は、会社にいた頃も認識はしていましたが、実感まではできていませんでした。会社を離れて初めて「すげえな、こんなに大きかったのか」と思うんですね。当然、6000億円は1つの目標値にはなりますが、あまりそういったことは意識せず、正しい価値を創造していくことに集中したいと思っています。
セゾン投信の創業から16年が経ち、私は改めてゼロイチの人間なのだと気づきました。1を2にすることもそんなに下手くそだとは思わないですが、ゼロイチに比べたらたいしたことはありません。セゾン投信時代はいろいろと行き詰まり感もありました。良くも悪くもレガシーは全部置いてきましたので、もう一度新会社で得意のゼロイチをやれるというのは、楽しみですよね。
実は資産運用の世界にもゼロイチの要素があります。資産運用の手法は出尽くしている感があって、もちろんセオリーがあるんですけど、一つ一つの細かいところは実はゼロイチなんです。一種のアートなんですね。デジタルではないんですよ。人間の価値観や感性がポートフォリオや手法に表れます。その究極の行き着いたところが、私が仕事としてきた生活者のための長期投資です。長期投資によって一人一人を幸せにするという目標に引き続き取り組んでいきたいと思います。
<前編はこちら>
「還暦はまだ40歳」引退も考えた”つみたて王子”中野晴啓さんが再起を誓ったワケ
中野 晴啓(なかの・はるひろ)
なかのアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
1987年明治大学商学部卒業。セゾングループの金融子会社にて債券ポートフォリオを中心に資金運用業務に従事した後、2006年セゾン投信株式会社を設立。2007年4月代表取締役社長、2020年6月代表取締役会長CEOに就任。2023年6月セゾン投信を退任後、2023年9月1日なかのアセットマネジメントを設立。全国各地で講演やセミナーを行い、社会を元気にする活動とともに、積み立てによる資産形成を広く説き「つみたて王子」と呼ばれる。公益社団法人経済同友会幹事他、投資信託協会副会長、金融審議会市場ワーキング・グループ委員等を歴任。著書に『新NISAはこの9本から選びなさい』(ダイヤモンド社)、『1冊でまるわかり 50歳からの新NISA活用法』(PHP研究所)他多数。
取材・文/秋山 志緒
大阪府出身。外資系金融機関で広報業務に従事した後に、フリーのライター・編集者として独立。マネー分野を得意としながらも、ライフやエンタメなど幅広く執筆中。ファイナンシャルプランナー(AFP)。X(旧Twitter):@COstyle
【つみたて王子が出演!最新動画はコチラ】