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「還暦はまだ40歳」引退も考えた”つみたて王子”中野晴啓さんが再起を誓ったワケ

「つみたて王子」の愛称で知られる中野晴啓さん。2023年6月に親会社との経営方針の違いからセゾン投信の会長職を解任されましたが、同年9月に新たな資産運用会社を設立。還暦を控え一時は引退も考えたという中野さんが新会社の設立に向かった動機とは?

執筆者:All About 編集部

中野晴啓さん

なかのアセットマネジメント社長の中野晴啓さん

「つみたて王子」の愛称で知られ、積立投資による資産形成を広く説いてきた中野晴啓さん。2023年6月に親会社との経営方針の違いから自ら創業したセゾン投信の会長CEO職を解任され、大きな話題となりました。還暦を控え一時は引退も考えたという中野さんですが、同年9月に新たな資産運用会社「なかのアセットマネジメント」を設立、新年度の早い時期にも新しい投資信託の運用を始める予定です。

中野さんが引退を踏みとどまり、新会社の設立に向かった動機はなんだったのでしょうか? 当初は机も椅子もなかったという新オフィスで「つらくて楽しい」現在の心境を語ってもらいました。

退任前に伝えたかった真意、コラムで間接的に書いていた

――少し前の話となりますが、セゾン投信を不本意な形で退任させられた時の心境を振り返っていただけますか。

中野晴啓さん(以下、中野さん):退任してから半年が経つので、もう当時の気持ちを忘れてしまいましたね。リセットしないと前に向いて歩いていけないですし。人間は時が経てば負の感情さえも忘れるという、よくできた生き物だと思います。

とはいえ、思い返すと、退任を言い渡された時はやっぱり仰天しましたね。セゾン投信で(会長CEO職を)ずっと続けるつもりでしたから。真っ先に頭に浮かんだのは、全国各地のセミナー等でお会いしたお客さまの顔です。長年にわたってお付き合いしているお客さまに申し訳ないという気持ちでいっぱいで……。15万人を超えるお客さまとコツコツ築いてきた信頼関係を断ち切られてしまい、大事な宝物を取り上げられたような思いがしました。

退任が公に発表されるまで、(退任することを)言えないじゃないですか。そのため、どう伝えるべきかと悩んだ末、日経新聞で連載していたコラム(*)を通じて伝えたいことを間接的に書きました。コラムの主旨は、「長期投資を続ける上で大事なのは、運用会社との信頼関係である。顧客は運用会社が期待通りの仕事をしているか、理念に変わりがないかを確認し、疑念があれば運用会社との関係を見直す自由がある」という内容でした。当時は一般的な話を書いたと読者に受け止められたようですが、退任が明らかになった後、「あのコラムには実は深い意味が込められていたんですね」と何人かの読者から指摘されました。

*中野晴啓「その投信、見えますか? 新NISAで重要になる選択眼 積立王子への道(75)」日本経済新聞、2023年5月11日

そんなコラムを書いたんで、(セゾン投信の経営陣は)怒っちゃったんですよ。彼らは私が表に出ることに神経を尖らせていました。知らないところで登壇予定のセミナーが勝手にキャンセルされている……なんてこともありました。私はお客さまや主催者の方々に申し訳なくて、後日こっそり謝りに行きましたよ。こうした一連の動きを見ると、やはり彼らは私を退任させることに後ろめたさを感じていたのでしょう。

「ゆっくり休んで」「あきらめるな」正反対の声

――どのように気持ちを回復されたのでしょうか。

中野さん:生まれて初めて失業を経験したわけです。失業したら誰もが「これからどうやって生活したらいいんだろう」という気持ちになりますよね。そんな中、周囲の人たちから「これまで十分頑張ってきたんだから、ゆっくり休めばいいじゃないか」「これからはもう講演会や執筆でメシを食えますよ」といったねぎらいの言葉をかけてもらいました。一方、「こんな形で辞めさせられて諦めてはいけない。今すぐ会社を立ち上げるんだ!」と喝を入れてくださった方もいました。

また、何も決まっていない段階から「新しいファンドを待っています」という励ましのメッセージをたくさんいただきました。それを見て「講演会や書籍でメシを食っている場合ではないな」と思ったんです。還暦を迎えるにあたり「人から必要とされることは、なんとありがたいことだろうか」と、感謝の気持ちが湧き出てきました。その瞬間、「再びチャレンジする」という選択肢しかなくなったんですね。同時に、セゾン投信時代から一緒に働いてきた2人の盟友が軌を一にして、新会社の創業メンバーになってくれたことが大きな心の支えとなりました。

ゼロからの再出発、オフィスには机も椅子もなく……

新オフィス

新会社を設立して間もない頃のオフィスの様子。借りてきたばかりの机を社員が囲む(中野さん提供)

――落ち込む間もなく新会社の設立へと動き出されたのですね。

中野さん:はい、2023年6月にセゾン投信を退任し、翌7月からは新会社の準備に取り掛かりました。そして、私の還暦の誕生日でもある9月1日に新会社を設立したんです。

最初の頃は、机も椅子もなく床に座って仕事をしている状況でした。やがて社員がレンタルの机を3つ調達してくれたので、皆でその机を囲んで、和気あいあいとした雰囲気で業務を進めていきました。

――新会社設立にあたって重視した点があれば教えてください。

中野さん:セゾン投信を退任することになった最大の理由は、親会社であるクレディセゾンが50%以上の株式を持っていたことにありました(*)。私がクビになる時、「株主権の行使だ」と言われましたからね。ですから、1社に偏りのある資本政策にならないよう、複数の会社や個人投資家に株式を保有していただき、私の議決権も確保しました。この条件には強いこだわりを持って資本政策をつくったんですね。

*持株比率が50%を超える株主は単独で株主総会の普通決議を可決できる

運用会社は株主がいなければ立ち行かないですが、株主に支配されてはいけません。(株主は)「君臨すれども統治せず」というのが、本来の運用会社の当たり前の姿なんです。欧米でもそうです。特に米国では大手の生命保険会社が複数の運用会社を持っています。でも、経営には関与しないんですね。相互会社のような仕組みになっていて議決権がないんですよ。

金融コングロマリットが運用会社を持つ理由は資産運用の仕事における利益が欲しいからです。利益を最大化するためには、本当に能力があってプロの仕事をする経営者に全てを任すことです。保険会社の経営陣は資産運用のプロではないので、その道のプロに最高の仕事をしてもらう。その結果として利益が得られれば運用会社を持つ目的が達成できるわけです。それが根付いているので、運用会社は自らの経営方針に沿って目指す理念を実現できます。この姿は日本でも定着していかなければなりません。ですから、私たちはそれを具現化できる仕組みをつくりました。

還暦で現役卒業は「世の中の仕組みがおかしい」

中野晴啓さん

現在の状況を「つらい」と「楽しい」を合わせた“つら楽しい”と表現する中野さん

――還暦と言えば一般的に定年退職される方が多い年齢ですが、シニアになってから新しいことにチャレンジする上で大事なことは何だとお考えですか。

中野さん:若い頃は60歳なんて、老いてヨレヨレだろうとちょっと馬鹿にしていました。実際、自分がその年になってみて、ヨレヨレの部分もあります。疲れやすくなったり、腰が痛くてどうにもならなかったり(笑)。でも頭の回転は劣化していません。

還暦を「現役から卒業する節目」と捉えるのはおかしいと思います。これは人生80年と考えられていた頃の常識でしょう。今や人生100年と言われる時代です。60歳から20歳を引いて、40代の気持ちでよいのかなと。このような心の整理ができました。

最近、友人たちから「55歳で役職定年となり、肩書がなくなった」「60歳で定年になり、給料が減った」という話を聞くことが多いです。それを聞いて「なんだそりゃ」と思いました。このような世の中の仕組みが人を老け込ませているのではないでしょうか。「もう社会の第一線から必要とされない人間なのだ」と思わせてしまっているんですね。

世の中の慣習や常識を「当たり前のこと」として受け入れないことが大事です。一人一人がさまざまな生き方や価値観を持っています。世間がどう捉えようと、自分の基準で新しいことをエンジョイする力を持たなければならないと強く感じています。

私は今ワクワク感に溢れています。でも、つらさもあるんです。振り返ると、これまで16年かけてセゾン投信を資産6000億円規模に成長させた自負もあります。「立派な会社になったなあ」と、CEO室で偉そうに思っていました。それがある日突然、全部なくなった。収入も肩書も部屋も何もかも……。そんな状況は正直なところ、つらい。でもゼロからやり直せる機会をいただけたことに喜びを感じています。だから今は「つらい」と「楽しい」を合わせた“つら楽しい”思いでいっぱいですね。

<後編に続きます>
インデックス投資人気に待った!つみたて王子が新ファンドに込める「日本への思い」

中野 晴啓(なかの・はるひろ)
なかのアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
1987年明治大学商学部卒業。セゾングループの金融子会社にて債券ポートフォリオを中心に資金運用業務に従事した後、2006年セゾン投信株式会社を設立。2007年4月代表取締役社長、2020年6月代表取締役会長CEOに就任。2023年6月セゾン投信を退任後、2023年9月1日なかのアセットマネジメントを設立。全国各地で講演やセミナーを行い、社会を元気にする活動とともに、積み立てによる資産形成を広く説き「つみたて王子」と呼ばれる。公益社団法人経済同友会幹事他、投資信託協会副会長、金融審議会市場ワーキング・グループ委員等を歴任。著書に『新NISAはこの9本から選びなさい』(ダイヤモンド社)、『1冊でまるわかり 50歳からの新NISA活用法』(PHP研究所)他多数。

取材・文/秋山 志緒
大阪府出身。外資系金融機関で広報業務に従事した後に、フリーのライター・編集者として独立。マネー分野を得意としながらも、ライフやエンタメなど幅広く執筆中。ファイナンシャルプランナー(AFP)。X(旧Twitter):@COstyle

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