ライフキャリア

「移動するほど、幸福度は高まる」マイアミ大の研究結果。石垣島と名古屋を毎週通勤してみた結果……

コロナ禍が収束し自由に旅行や出張に行くことが可能となり、テレワークも一般化していくなかで、会社員であっても働く場所の自由度は高くなった。今回は「移動が人の幸福度にどのように影響するのか」という問いを働き方を含めたライフキャリアの観点で考える。

小寺 良二

執筆者:小寺 良二

ライフキャリアガイド

移動距離と幸福度の関係

「移動距離と幸福度の関係」に関する研究結果を実体験とともに解説

人間は本来、移動しながら生活したい生き物なのだろうか?

旅行やドライブがストレス発散になるという人は多く、テレワークの普及によってカフェなど場所を変えながら仕事をする会社員も増えた。

2020年にはアメリカのマイアミ大学の研究チームが「人は移動するほど幸せを感じる」という研究結果を発表した。ランダムに選ばれた一般人の移動距離データをGPSで3~4カ月にわたって調査し、MRIなどで脳の反応や感情変化を分析した。その結果「日々の身体的な位置の変動が、人間のポジティブな感情の増加と関連する」ということが判明した。

「人は移動するほど幸せを感じる」とはどういうことなのか、実体験とともに、ライフキャリアの観点で考える。

(1)「新しい人との出会い」が人間関係への満足度を高める

筆者は、2021年に家族で沖縄県石垣島に移住したが、2023年は名古屋の私立大学で授業を受け持つことになり、石垣島と名古屋を毎週往復する生活となった。その体験を通じて環境の移動は手段であり、それによって得られるものが人の幸福度に大きく影響すると感じるようになった。では「環境の移動によって得られるもの」とはどのようなものなのだろうか?

最も分かりやすいのは「新しい人との出会い」ではないだろうか。今いる環境から離れ、別の環境にいる人たちと関わりを持つことは多様な人間関係の構築にも有効である。

キャリア面談などで社会人から相談を受けることも多いが、仕事の満足度はその職場での上司や同僚との人間関係に強く影響を受けていると感じる。逆に職場での人間関係はそこまで良いわけではないが、趣味仲間など職場以外の人間関係が充実している人は生活全体の満足感は高い。そういう意味で人間関係は職場のみに依存し過ぎない方が良い。1つの職場だけでなく、さまざまな環境に「顔を出す」ことで新しい人との出会いを通じて人間関係の幅を広げておくことが、結果的に職場への満足にもつながるだろう。

筆者自身は週1回名古屋に出て「大学生」と関わるようになったことが充実度の向上につながった。石垣島には高校までしかないため、大学生や専門学校生が島にはいない。日々企業研修などで社会人と接することが多いなかで、毎週大学生と向き合い成長に携われる経験はとても刺激になるし、他の仕事にも良い影響を与えているように感じる。

(2)「日常と異なる体験」をすることで日々の生活に変化を与える

環境の移動によって得られる最も価値のあるものは「日常と異なる体験」であろう。旅行好きな人が多いのは、それが非日常を味わうのに最も有効な手段だからだ。旅行先での景色や食事、アクティビティなどが日常生活での体験と異なるからこそ価値を感じるのだ。

マイアミ大の「移動距離と幸福度」の調査においても、行ったことのない場所に行くなど「探索度合い」が高いほど「より幸せを感じる」というデータが示された。このことから「人間には環境を探索する欲求がある」ことが分かる。

仕事においても、コロナ禍以前のように毎日同じ職場のオフィスで働くことを強いられるよりも「今日はオフィス、明日は在宅しながら時々カフェ」のようにある程度自由に働く環境を変える選択肢がある方が人間の脳には良いのだろう。

筆者も生活は石垣島という自然あふれる環境にいながらも、時々名古屋や東京といった都会に行って研修や授業をすること自体が「非日常体験」となって日々の生活に変化を与えてくれた。

(3)外で「客観視点」を得ることで気付ける自らの環境の価値

よく海外旅行に行って帰ってきた人が空港に着いたときに言う「あー、やっぱり日本はいいな」という感想は、日本という環境だけにいては持つことはできない。それは海外に出ることで日本という国を「客観視点」を持って見れるようになるからだ。

日本に住んでいる上では当たり前のきれいな水道水、遅れずに到着する電車、夜でも1人で歩ける治安の良さなどは、海外と比較すると大変貴重なものであることに気付く。ただ不思議とそれらに慣れてしまうとそこから幸福感を味わうというのは難しい。

人は実は多くのことを既に今いる環境から得ていて、十分に幸福感を感じても良いはずなのに、なぜかないものばかりに目がいってしまう。そのないものを得ることでもちろん幸せにはなるのかもしれないが、同様に「あるものに気付く」ことでも幸せになれるはずだ。

環境の移動というのは「今いる環境から一旦離れてみること」である。日常であれば働いている職場から住んでいる家に帰ることもそうだし、旅行などでは日本という国から海外に出てみることもそうである。大切なことは「離れる」だけではなく、離れた上で今の自分の環境を遠くから「客観視」してみることである。

筆者も石垣島に住むことで得られているものがたくさんあるはずなのに、いつの間にか当たり前になっていたことに気付かされた。旅行で来た人たちが青い海を見て感動するのに、それが日常になると全く何も感じなくなり、むしろ買い物など不便なことに不満を持つようになってしまった。親がそうなのだから、子どもたちも同様で夏になってもわざわざ海には行きたがらない(地元の人も基本海では泳がない)。

今回名古屋や東京といった都会との往復生活を経験し、改めて石垣島の持つ自然の豊かさや住んでいる人の温かさに気付くことができた。

ライフキャリアにおいても大切なのは、今ないものを得ようとすることよりも、まずは今いる環境を客観視した上で得られていることに気付くことなのだろう。そのために時々今の環境から移動して離れてみるということは、その価値に気付く有効な手段ということである。


>次ページ:筆者が見慣れてしまった、美しすぎる石垣島の景色
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