夫の勘違いは進化していく
自分が思っていたより夫は「浅はかなタイプ」だったとわかったシノブさんだが、それでもちろん夫を嫌いになったわけではない。自分の認識が間違っていたのだと納得した。子どもが生まれたこともあり、生活は多忙を極めていた。「ひとり娘が小学校に入ったころ、夫が部署を異動になったんです。異動先は広報関係で、人脈が一気に広がったようです。夫は毎日楽しそうに出社していたけど、あのころからすこしずつ変わっていきました」
夫の口から有名人の名前が出てくる。他の会社の重役にも会ったとか、広告会社の偉い人に認められたとか、自慢話が増えていった。知識を振りかざしていたころのほうがまだましだったとシノブさんは言う。
「夫は仕事で知り合っただけの著名人を、まるで自分の魅力で引き寄せたように思っている。会社の名前がなかったら、そういう人と会えるわけでもないのに。そして○○さんがこう言った、××さんはこう言ってる。オレもそれは正しいと思うなんて、偉そうにジャッジするんですよ。あれ、夫はこういう人だったんだろうかと日々思っていました」
娘相手に華麗なる人脈自慢も
芸能人と仕事をする機会もあったようだ。夫はその人のサインをもらってきて娘に自慢していた。ただ、娘はその芸能人を知らなかったから、反応は薄かった。「おとうさんじゃなければ会えないような人なんだぞ。こういう人に会えるおとうさんは偉いんだぞと必死で言っていました。なんだかその様子がさもしく見えて、『仕事だから会えただけでしょ。そんなことを娘に自慢してどうなるのよ。部署が変わったらもう会わないでしょ』と言ったら、夫が激怒してしまって」
夫は侮辱だとまで言った。もちろん、シノブさんは夫を侮辱したつもりはない。出会った人の名声に振り回されて、自分まで偉くなったような気になっている夫が恥ずかしいと思っただけだ。
「夫を見ていると、人間って悲しいなと思うんです。歴史好きの彼なら、目先のことに振り回されたりしないんじゃないかと考えていたけど、そんなことはないんですね。夫の人格が形成される過程で何があったんだろうと思ったりします。義両親を見る限り、ごく普通の家庭のように見えるけど……。
ただ、学生時代、夫と同期だった先輩に聞くと『あいつ、当時から権力者に弱かった』と言うんです。サークルの大先輩にヘラヘラしたり、ゼミの教授にすり寄ったり。おそらく職場でもそうなんじゃないのと言っていました。そんなヤツだと見抜けなかった自分が情けない」
おそらく夫は、有名人と知り合ったぞと言ったらシノブさんが「すごい」と言ってくれると思っていたのではないだろうか。自分に自信がないのかもしれない。だから“著名人に認められたオレ”をアピールしたがる。実際、認められたかどうかは定かではないが、彼はそう思いたいのだろう。
「本当にしっかり仕事をしている人は、そんなことで自慢したりしませんよね。いろんな点で、夫は幼いし短絡的なんですよ。そんな人を夫に選んだのは私。だからこそ悔しいというか、結婚前に戻りたいとさえ思ってしまう」
このところ、夫とはギクシャクした感じが否めない。夫は夫でもっと素直に自分を褒めてくれればいいのにと感じているようだという。
「きみはひねくれ者だからと言われて、びっくりしました。そう思わないと夫はやっていけないのかもしれない。小さい男だなと思います」
シノブさんはいつまで夫と夫婦でいられるかわからないとまで思いつめている。ただ、どの時点で、どういうタイミングで「夫を捨てるか」はまだ未定だという。