子どもたちが独立して
家事も子育てもしなかったくせに「一緒に乗り越えた」気でいる夫とともに、定年後を過ごせるだろうか
「私は子どもたちが大きくなってから再就職しました。定年にはまだ間がある。夫とふたりで暮らしていても、ふたりとも仕事をしているから、それほど違和感はないんですが、先日、夫がしみじみ『定年まであと4カ月か』と言った。それを聞いて、そのあとどうするのと聞いたら、『もういいだろ、働かなくても。きみも退職を早めればいいよ。一緒に旅行したり新しいことを始めたりしようよ』と無邪気に言ったんですよ。それを聞いて正直なところ、ぞっと寒気がしました」
ユウカさんはにこりともせず言った。そして間髪を入れず「私は定年まで仕事をするから」と断言した。夫は「そうしたらきみが退職するころ、僕は74歳になってしまう。夫婦で遊べないじゃないか」とさみしそうだった。
「あの浮気の一件だって、夫は私に謝りもしなかった。子どもたちのために振り上げた拳を下ろすしかなかった私の悔しさを夫はわかってない。その後、私が再就職してからもずっと家の中のことは私がやってきました。夫はゴミ捨てひとつしたことがない。もちろん子どもたちが手伝ってくれたけど、彼らには彼らのやるべきことがあるから、家事に時間をとらせるのはしのびなくて。子どもの受験のことだってほぼ私がケアしましたからね。夫は子どものことさえ私に丸投げでした」
前妻の仏壇も、ユウカさんはいつもきれいにしてお線香をあげていた。子どもたちに出会えたことを感謝もしていた。あんなかわいい子たちを遺して逝かなければならなかった前妻の気持ちを考えると、いつも心が痛んだ。
「夫はどこか人の気持ちがわからないところがあるんです。前妻さんの供養も私が言い出さないとしない人だし、前妻さんが気の毒でたまらない」
子どもたちのこと以外、夫婦での思い出などほとんどないとユウカさんは言う。そんな夫に、定年退職を前にすり寄ってこられても心が動くはずがない。だが夫は、ユウカさんも退職後を楽しみにしていると思い込んでいる。
「オレたちには新婚時代がほとんどなかった。子どもを育てるのに必死だったもんな。だから改めて新婚生活を楽しもうなんて言うわけですよ。子育て経験もないのに。必死だったのは私だけ。夫は私に全部押しつけたことさえ忘れているのか、忘れたふりをしているのか、あるいは自分もやった気になっているのか……。いずれにしても私は夫の退職を機に、夫とは距離を置こうと思っているんです。子どもたちも賛成してくれています」
家を出るのか、家庭内で距離を置くのか具体的なことは決めていないが、いっそどこかにワンルームマンションを借りてもいいとすら思っているそうだ。夫はそんなことは夢にも考えていないだろう。
「子どもたちはわかっている。何もわかってないのは夫だけ。自分がいかに幸せだったか、もうじき知ることになるんだと思いますよ」
最後は皮肉を込めてユウカさんは意味ありげに微笑んだ。