人間関係

難関校に合格するも「深海魚」になった過去…教育虐待がトラウマで息子との距離感がわからない(2ページ目)

首都圏を中心に中学受験ブームが続いている。子ども時代に「教育虐待」を受けたと感じている40代男性は、親になり、息子が中学受験をするとなったとき、親子の距離感がつかめずに苦しんだという。

亀山 早苗

執筆者:亀山 早苗

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いつしか落ちこぼれていった

必死に頑張って、親が望む私立中学には合格した。ところが入学するやいなや、彼は脱力してしまい、学校でぼんやりするようになった。周りの友だちはみんな生き生きとして、勉強もスポーツも活発だった。自分にはそこまでの生気がないと彼は感じていた。

「エスカレーター式で高校には行けるけど、高校では留年もありましたから、やはりみんな一生懸命勉強します。それに中学の勉強は、暗記にとどまらず自分で考えないといけなかった。それでつまずいたんです」

しかも難関と言われる私立中学に入っても、両親は喜んではくれなかった。特に父は「あとは東大だな」と当然のように言い放った。中学受験に合格したとき「おめでとう」と言われた記憶がないと彼は言った。

結局、高校は留年して退学、別の学校に入り直して、さらに一年浪人して私立大学へ行った。

「ずっと穀潰しと言われていました。僕は根が弱いから、親にたてついてワルにもなれない。逆らうことさえできなかった」

大学を出て就職してからようやく実家を離れることができた。そんな自分が情けなくてたまらなかった。

30歳のとき、気が合って1年ほど付き合っていたマリエさんと結婚した。子どもはいらないと思っていたが2年後、妻がうれしそうに妊娠を報告してきた。

「僕は自分の子ども時代のことを妻に話していないんです。結婚は事後報告しただけ、ふたりで僕の両親に会ったのは一度だけ。それも1時間ほどで帰りました。結婚してからはまったく行っていません。妻には何かあるのと何度も聞かれたけど、親とはうまくいっていないとしか言えなくて……」

産まれてくる子がせめて女の子ならいいのにと彼は思っていた。だが男の子だった。小さいときはよかったが、小学校に上がり、なまじ成績がよかったために妻が「私立中学を受験させよう」と言い出した。とたんに彼の心がズキズキと痛んだ。

息子も母親の顔色をうかがって「私立に行きたい」と言い出した。「私立中学」という言葉を聞いただけで、自分が平常心でいられなくなった。その結果、3歳下の娘ばかりをかわいがるようになり、妻からは不満が出ていた。

「それでも妻には打ち明けられなかった。カウンセリングにかかって、自分がどれほどつらかったか初めて認められるようにはなったけど、だからといって息子への対応をどうしたらいいかわからない。息子は自分が僕に愛されていないと思い込んでいるはず。

つい先日、息子を外に連れ出して、ふたりでのんびり散歩したんです。彼は僕が何を言い出すかわからず、怯えているように見えました。男同士で話そうと言って、息子の真意を確かめました。お母さんのことは気にしなくていい、君がしたいようにすればいい。どの中学に行こうがお父さんは応援するから、と」

息子は大きな笑顔を見せた。やはり私立には行きたくないと言った。そのとき、彼はようやく少しわかったことがあった。自分がされたらうれしかったと思うことをすればいいのだ、と。

「僕は息子に暴力をふるったことも勉強を強要したこともありません。むしろ息子を傍観していた。怖くて踏み込めなかった。でもそれもよくなかったんだと思う。今はまだ演技をしているような気持ちだけど、自分のしたいようにすればいいと言いながら、僕自身が泣きそうになりました。そう言ってもらえたらどれほど楽だったか……」

自身のトラウマは消えることはないかもしれない。だが同じトラウマを息子に与えないために、自分にできることはすべきだと今は感じている。ふうっと大きな息を吐き、彼は少しだけ笑みを見せた。
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