実は異質なキャリアを辿ってきた三笘薫選手。彼から学べるキャリア戦略とは?(写真:AP/アフロ)
そんな三笘選手は、他のプロサッカー選手と異なる異質なキャリアを決断している。本記事では、三笘選手の人生から学べる、戦略的なキャリア選択の考え方を解説する。
あえてプロへの近道を選ばず、遠回りした理由
三笘選手は小学生時代から川崎フロンターレのユースチームに所属し、各年代のセレクションをクリアしながら一歩ずつプロへの階段を上がってきた。ユース時代からドリブラーとして評価の高かった三笘選手は、高校卒業時にトップチームからオファーを受ける。プロサッカー選手を目指す上で最も近道となる「高校からトップチームへの入団」だが、なんと三笘選手はそのオファーを断り、筑波大学に進学した。理由は「大学に行き、4年間でもう一度自分を鍛え直したい」というもの。
明治大学出身の長友佑都選手のように大学出身のJリーガーは多いが、その多くは高校卒業時にプロチームからのオファーがない場合に大学に進むというケースだ。プロサッカー選手というキャリアの目標を持ち、それを最短距離で実現できる切符を手に入れながら、それを断り「遠回りする」という冷静な決断ができる高校生はそうはいない。
そして三笘選手は、大学4年間で他のプロサッカー選手にはない強固な土台を築くことなる。
筑波大学時代に取り組んだ卒業論文のテーマは「なぜ、自分のドリブルは抜けるのか」。小型のアクションカメラ「GoPro」を頭につけ、ボールを持って相手に向かっていき、自身の「ドリブル中の視野」を映像化して徹底的に検証した。天性の感覚に頼りがちな「ドリブル」という自身の強み。研究を通じて理論的にメカニズムを分析した経験は、他の選手にはない、より強固な特長となっただろう。
その後2020年に川崎フロンターレに入団してからの活躍は凄まじく、Jリーグでは新人史上5人目となる2桁得点を記録。ベストイレブンにも選出される活躍でチームのJリーグと天皇杯の2冠達成に貢献し、翌年2021年にはイングランドプレミアリーグのブライトンに移籍。そして同年11月に日本代表にも初選出され、2022年のカタールW杯にも出場し大活躍した。
まさに「急がば回れ」という言葉の通り、遠回りしたからこそ得られた成功への近道のように見える。
三笘選手のキャリアを成功させた3つの決断
なぜ三笘選手のキャリアの「遠回り」は成功したのか? 下記の3つの決断が大きな影響を持っていると分析する。(1)あえて中長期的なキャリア戦略を描いた
高校卒業後すぐにJ1のプロチームに所属することは、短期的にはプロサッカー選手として成功の近道のように見えるが、実際にはうまくいかないケースも多い。高校を卒業したての18歳の選手がJ1のトップチームでレギュラーを獲得できることは稀で、結果が出ない場合は1試合も出場することなく、1~2年で契約を打ち切られることもよくある。
高校卒業時にJ1で活躍する自信がなかった三笘選手は、短期的な視点ではなく、まずは「自分に必要な力をつける」という中長期的な視点で自身のキャリア戦略を描いたことが功を奏した。
(2)学びたい分野の研究におけるトップの環境を選んだ
三笘選手の進学先が「筑波大学」であった点も大きい。筑波大学には体育専門学群(体育学部)があり、スポーツを専門的に研究できる環境が整っている。三笘選手は、そこのサッカー研究室で、蹴球部の監督でもある小井土正亮氏の指導の元、ドリブルの研究をした。また筑波大学蹴球部は人材育成にも定評があり、当時から1、2年生の多くをレギュラーとして抜てきしていた。
サッカーを学問的にトップレベルの環境で研究しつつ、プレーヤーとしての経験も積める道を選んだことは、三笘選手の成長に大きく貢献したことであろう。
(3)独自のタイミングでプロへの道を前倒しした
高校卒業と同時にプロになるという近道に進まず、大学での4年間の鍛錬を選んだ三笘選手だが、途中でプロへの道を前倒ししている。大学2年時の2017年には川崎フロンターレの特別指定強化選手となり、トップチームへの練習などにも参加。
正式入団とJ1デビューは大学卒業後の2020年だが、デビューしたその年に2桁得点とベストイレブンに選ばれるなどの活躍をするためには、大学在学中からトップチームの練習に参加しながら、入念な準備を前倒しして行なっていたことが大きい。
「遠回り戦略」から得られるもの
ビジネスの世界でも一見「遠回り」と見えるような戦略を取ることで成功する企業は多い。「できるだけ在庫は抱えない」という一般的な物販の常識を覆し、自社の巨大倉庫を世界中に持ち大量の在庫を抱えるAmazon。また「顧客の回転数を上げることが売上アップにつながる」という飲食の常識に対して、リラックスできて長居したくなる店舗づくりをしているスターバックス。
どちらの企業も成功には「遠回り」のようにも見えるが、それが「翌日には商品が届くという信頼」や「第3の場所として最もくつろげる空間」という、他の企業にはない独自の強みにつながっている。
選手寿命の短いプロサッカー選手という職業において「できるだけ若いうちにプロになる」という常識はある意味間違ってはいない。しかし三笘選手はその近道を取らなかった。その代わりあえて大学に所属し、プロとしての短期的成功よりも、ドリブルの研究に専念しながら選手として自身の強みを磨き上げる遠回りの道を選択したことで、世界でトップレベルの「理論派ドリブラー」となった。
ビジネスでもキャリアでも、成功は早ければいいというものではない。それ以上に大切なのは時間やコストを多少かけてでも「独自の強みを持つこと」ということなのかもしれない。