「かっぱ寿司」田邊前社長逮捕の概要
さて、事件の概要について簡単にまとめてみよう。田邊前社長とかっぱ寿司が面談をしたのが2020年7月のこと。2回の面談を経て8月末には正式採用のオファーがなされている。その2回目の面談後にはま寿司の社員に依頼し、仕入れデータを含む営業情報を取り寄せ、自分のパソコンに保存していた。海外の寿司事業に活用するという名目だったという。そして、9月末に元部下に依頼し外部サーバーにデータをアップロードさせ、それをUSBメモリに移動し受け取った。10月に予定通りゼンショーHDを退社。11月にカッパ・クリエイトに入社し、同月9日頃、今回逮捕された元同僚の湯浅宣孝容疑者に一部の者しか知らないロックの掛かっていたデータのパスワードを聞き出している。そしてこのデータをかっぱ寿司の商品企画部長だった大友英昭被告にメールで送信。そして、田邊前社長の入社から1カ月もしないうちにこれらデータが社内で共有されていたのだ。
警視庁ははま寿司側の告訴を受けた当初、田邊前社長がゼンショー時代の同僚から日々の売り上げデータを受け取ったとされることについて捜査を進めていたのだが、「営業秘密」の色がより強い仕入れ情報の持ち出し容疑が浮上し、優先して立件する方針に切り替えたという。
営業秘密データがいかに重要か
まず、店舗の売り上げデータであるが、田邊前社長の言うところの参考程度、ではなく、大いなる参考になったはずだ。かっぱ寿司は社長が交代するたびに大規模な改革を行なってきた。原価率を引き上げる、グルメ化やロゴの変更、食べ放題の実施などなど。田邊被告に社長が変わった21年には、シャリをすべて山形県産のブランド米「はえぬき」に変更した。もちろんこれらの取り組みによる効果はあったのだが、それで業績が上向くまでには至っていない。そんな中、唯一、効果が見て取れたのが店舗のリニューアルであった。これはどの外食でも言えることだが、リニューアル後の店舗の売り上げが上がるのは当然のこと。かっぱ寿司でも10~15%程度上がっていたという。何をやってもうまくいかなかったかっぱ寿司にとって、3期ぶりの黒字を目指すにはこの最終手段しか残されていなかったのではなかろうか? 実際、今期の発表でも、前々期9店、前期14店だった店舗リニューアルを一気に50店行う計画だと発表している。これは全店舗の6分の1にあたる店舗数で、どの店舗をリニューアルするかが経営戦略上の最重要課題であったと考えられる。
その時に目下のライバル、はま寿司の店舗の売り上げデータがあったとしたらどうだろう? はま寿司の売り上げが良い店舗の近くの店舗をリニューアルしようという判断にはならないだろうか? それによりはま寿司の売り上げが若干でも減少し、自店舗の売り上げが上がるのであればまさに一石二鳥ではないか。さらに新規出店や不採算店舗の退店など経営判断をする上で重要なデータとしても活用されるはずだ。
そして、逮捕の要因となった「仕入れ情報データ」には定番商品やキャンペーン商品に使われる食材原価が記載されていたという。かっぱ寿司の元幹部はある取材に対して「原価を下げるために、業績が好調な『はま寿司』の仕入れノウハウは喉から手が出るほど欲しかったのではないか」(※1)と話しているが、これら仕入れ情報は会社の利益に直結するため最重要データといっても過言ではない。
実際、原価比較をすることで「はま寿司にはいくらで卸しているのだから、うちにもこの値段で卸してくれ」といった価格交渉ができる。情報網を駆使すれば仕入れ先の目星をつけることができるかもしれない。これまで100円で販売しても利益が出ていたイカやタコ、エビといった商品が軒並み値上がりし、各社とも仕入れに苦労しているのは事実。数量を仕入れるのも大変だが、いかに安い値段で仕入れられるかは生命線となるくらいに重要だ。
さらに重要なのが「キャンペーン商品のデータ」。いま大手回転寿司チェーンでは2週間ごとにキャンペーンを展開しており、このキャンペーンが企業イメージや利益、来客数に直結する根幹となっている。いまの大手チェーンのビジネスモデルはコアファンのリピート率を上げることが命題となっており、それを達成させるために魅力的なキャンペーンを展開しなければならないのだ。
最近では国産天然魚や高級魚を使ったキャンペーンを各社とも開催しており、クエやのど黒などが300円ほどで提供されていたが、これらをいかに安く、しかも大量に仕入れられるかがキャンペーンの成否を担っている。だからこそ、喉から手が出るほど欲しいデータなのだ。
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