カレーは認知症予防に効果的? 認知症研究者として伝えたいこと
多くの人に愛されているカレー。「認知症予防に有効」という説は本当でしょうか?
大人も子供も大好きなカレー。いろいろなランキング調査でもベスト3に入るような人気のメニューです。加えて、カレーにはいろいろなスパイスが含まれているため、健康効果に関する情報もたくさん目にします。その中でも、カレーの黄色の元になっているスパイスの一つで、ウコンとも呼ばれている「ターメリック」に含まれる「クルクミン」という成分が、認知症予防に有効だ、という話もあるようです。
日本では少子高齢化が進行する中、認知症患者数は増加の一途をたどっており、大きな社会問題の一つです。「自分は若いからまだ関係ない」と思っている方もいるかもしれませんが、決して他人事ではありません。認知症は、年をとった時にある日突然発症するものではなく、実は40~50代から気づかないうちに脳の中で病変が始まっていると言われています。そして2025年には認知症高齢者は700万人を超えると推定されており、少ない数の若い世代が支えなければ、日本が破綻してしまう時代はすぐそこに迫っているのです。若いうちから「認知症にならない生活」を意識できるかどうかで、将来が左右されるとも言えます。
では本当に、多くの人が大好きなカレーを食べているだけで認知症は予防できるのでしょうか? 本当であればとても喜ばしいことで、多くの人を惹きつけられる情報なので、テレビ番組や雑誌などでもこの話はよくとりあげられています。しかし認知症を専門に研究している立場から、私はあえて「あまり鵜呑みにしない方がよい」と警告したいと思います。カレーと認知症の関係について、わかりやすく解説します。
カレーに含まれるクルクミンがアルツハイマー病を防ぐ?科学的根拠の落とし穴
「カレーが認知症予防に有効」という考えを支えている科学的根拠としては、主に2つあります。一つめは、上述したカレーに含まれるスパイスの一つターメリック(ウコン)の主成分であるクルクミンが、認知症の発症に関わる物質が脳内に溜まるのを防いでくれるかもしれないという実験データです。
認知症を引き起こす疾患の一つにアルツハイマー病があり(詳しくは「認知症の原因となる神経変性疾患…アルツハイマー病とは」を読んでください)、その原因物質と考えられているのが「アミロイドβタンパク(Aβ)」です。Aβは健康な人の脳でも作られており、何のために存在しているかはまだ不明ですが、アルツハイマー病になると、このAβがだんだんと脳内に蓄積するようになり、たくさんのAβが互いにくっついて大きな塊となって(この過程を専門用語で「凝集」と呼びます)、「老人斑」と呼ばれる病変を生じます。そして、進行性に神経細胞が変性・脱落していき、認知症が生じると考えられています。
2004年に金沢大学の研究グループは、試験管内でAβの水溶液を放置しておくとAβの凝集が進行する過程を観察し、そこにクルクミンを添加しておくとAβの凝集を抑制できることを見出しました(J Neurosci Res 75(6): 742-750, 2004)。その有効濃度は、1 μMくらいでした。Aβが脳内に溜まって凝集することがアルツハイマー病を引き起こすのであれば、カレーを食べてクルクミンを体に摂り入れるようにすれば、アルツハイマー病にならなくて済むように思えますが、話はそんなに単純ではありません。
クルクミンが試験管内で起こるAβの凝集を抑制することは、私自身も大学の研究室で同じ実験を行い再現できたので、間違いのない事実でしょう。しかし、カレーを食べたときには、その中に含まれるクルクミンが体内に吸収されて、血液を介して全身に運ばれ、最終的に脳に到達したときに効果を発揮するわけですから、試験管内の実験データをそのまま当てはめるわけにはいきません。特に注意しなければならないのは、クルクミンは、食べても消化管から吸収されにくく、体内に入るのはごく微量だという点です。
食べたクルクミンの多くは、小腸に到達しても、吸収されることなくそのまま糞便とともに排泄されます。また、一部のクルクミンは、小腸でグルクロン酸や硫酸などとの抱合化反応を受けて別の化合物に変化してしまいます。未変化のまま小腸から吸収されるのは、食べたクルクミンのごく一部に過ぎないのです。さらに、吸収されたとしても、最初に門脈を介して肝臓に運ばれ、そこでさらに代謝反応を受けることになりますから、肝臓での代謝を免れて血流に乗り全身の臓器まで到達できるのは、ごくごく一部ということになります。
食べたクルクミンが体内にどのように分布するかは、主に動物実験で研究されており、ヒトでのデータは少ないのですが、たとえば1998年にインドの研究グループが報告した論文(Planta Med 64(4): 353-356, 1998)によると、2g/kgのクルクミンをヒトに経口投与したところ、血中クルクミン濃度は、投与60分後に最高値として約40µMに達したと報告されています。試験管の中でクルクミンがAβの凝集を阻止できたと報告されている濃度は1μMレベルですから、一時的とはいえ血中濃度が本当に40 µMくらいまで達するのであれば、アルツハイマー病の予防効果が期待できるかもしれません。しかし、改めてこのデータが何を意味するのか慎重に考えてみると、大きな落とし穴があることに気づきます。実は、実験に用いられている2g/kgというクルクミンの量がとんでもないのです。
4~5人家族の1食分のカレーを作るときに用いるターメリック(ウコン)はせいぜい小さじ1杯(5g)ですから、平均的な1人1食のターメリック摂取量は1gくらいでしょう。そしてターメリックのクルクミン含量は1~5%と言われていますので、1食で0.01~0.05gのクルクミンを摂ることになります。体重50kgの大人であれば、体重当たりのクルクミン摂取量は、0.0002~0.001g/kgと見積もられます。上の実験では、2g/kgのクルクミンを与えていますから、これをカレーで摂ろうとすると、1~5万人分のカレーを一気に食べるのに相当するというわけです。しかもそれだけ食べても、一時的なピーク値としてクルクミンの血中濃度が40μMに到達するだけで、ずっとその濃度が維持されるわけではありません。維持するためには、大量のカレーをずっと食べ続けなければならないということです。おそらくカレーが大好きな大食いのチャンピョンでも、不可能でしょう。
残念ながら、食と栄養の分野では、試験管内の実験データを拡大解釈して、「○○を食べると△△に効く」という話題がよく取り上げられます。カレーと認知症の場合も、同じような誤りがあるようです。クルクミンにAβの凝集を阻止する効果があったとしても、「カレーを食べて認知症予防」の根拠にはなりません。
カレーを食べている人の方が認知症リスクが低い? 疫学データの注意点
「カレーが認知症予防に有効」という考えを支持する、もう一つの根拠としてよく取り上げられるのが、疫学データです。その代表的な論文としては、シンガポールの研究グループによるもの(Am J Epidemiol 164:898-906, 2006)が有名です。この研究では、60~93歳の認知症でないアジア人(1010名)に対して、認知症の診断にも使われている質問形式のMMSE(Mini-Mental State Examinationの略)というテストを実施して認知機能レベルを数値化するとともに、カレーの摂取について「よく食べる」「時々食べる」「ほとんどあるいはまったく食べない」の3つにグループ分けしました。その結果、「よく食べる」と「時々食べる」のグループのMMSEスコアが、「ほとんどあるいはまったく食べない」のグループよりも良かったとのことです。実は、「認知症予防も兼ねて週に2~3回はカレーを食べている」と語る医師の方が、さかんに認知症予防にカレーを強く推奨していらっしゃるようで、その方が書かれた本や記事の中では、「シンガポール人を対象にした研究で、よくカレーを食べる人は認知症のリスクが少ないという結果が出た」と紹介されているようです。しかも、その内容がそのまま伝えられることで、これが事実かのように流布されているようです。お気づきだと思いますが、この方の説明は、論文の内容と少しずれています。上で説明したように、シンガポールの研究グループは、認知症の発症リスクを解析したわけではありません。
また、カレーを食べる習慣とMMSEのスコアに一定の関係がみられたとしても、それは因果関係を示しているわけではないことに注意してください。これは、ほとんどの疫学調査にみられる落とし穴です。
「相関関係はあるが因果関係はない?食と健康に関するデータの考え方」でも一例として挙げたように、蚊に刺される頻度とアイスクリームの消費量に一定の関係性が見られたとしても、「蚊に刺されるから、アイスクリームの消費量が増える」わけではありませんね。夏は蚊が増えますし、暑いとアイスクリームの消費量が増えるだけのことですね。両者に直接の因果関係はないのです。
カレーと認知力の間の関係も、同じようなことかもしれません。たとえば、健康な人はカレーをよく食べられるし脳も健康、それに対して不健康な人は食欲が無くてカレーを食べることもできず脳が衰え気味……というだけかもしれません。
因果関係があるとしても、「カレーを食べると認知症になりにくくなる」のではなく、「認知機能が低下するとカレーを食べなくなる」のかもしれません。
もし、「カレーを食べると認知症リスクが下がる」という因果関係を証明したければ、カレーを食べていた人がカレーを一切食べないようにするか、カレーを食べていなかった人が毎日のようにカレーを食べるように変えるという実験を行い、認知機能がどう変化するかを調べるなどのデータが必要になりますが、残念ながらそのようなデータは見当たりません。
さらに、カレーを食べている人と食べていない人は、本当にそれだけの違いしかないのでしょうか。食の趣味が違う集団なら、他の食べものの摂取量も違うのではないでしょうか。論文を読んでも詳しい情報は書かれていませんので、詳細は不明です。結局のところ、「カレーと認知症の因果関係を示したデータはまだない」が本当のところです。
「クルクミンが記憶力を高める」という説は誤解
カレーと認知症の関係は、あくまで「面白い話題」で済ませればよいのかもしれませんが、世の中に流布された情報を是正することに私がこだわっているのには理由があります。実は、私自身が行った研究が、それに絡んでいるからです。2008年に私は、アメリカのソーク研究所のD・シューベルト博士と共同研究を行い、「CNB-001」という新薬が動物の認知・記憶力を高めることを発見しました(Neurobiol Aging
31(4):706-709, 2010)。研究論文が公表されて間もなく、その成果に興味を示してくれた新聞記者から取材を受けました。CNB-001は、クルクミンの化学構造を少し変えて作った人工合成薬なのですが、クルクミンのことをよく知らない一般の方向けに、大学から発表されたプレスリリースでは「カレーのスパイスに含まれるクルクミン」という説明が加えられていたためか、質問が「カレーで認知症が防げるのか」といった内容に集中してしまいました。私は「カレーの研究を行ったわけではない」と念を押したのですが、発刊された新聞紙上では「カレー成分で記憶力アップ?」などという見出しで紹介されてしまいました。
繰り返しますが、私が研究対象としたのはCNB-001という新薬で、これはカレーに含まれていません。しかし、化学構造がクルクミンに近いというだけで、読者の興味を引くためとはいえ新聞記者の方に「カレー成分?」という言い回しでごまかされたのはたいへん遺憾ですし、もしこれがきっかけで「カレーで認知症予防」という不確かな情報がより広まってしまったのだとすれば、責任を感じます。
ちなみに、私の研究グループでは、CNB-001を動物(ラット)に経口投与してから記憶のテストを実施し、記憶力がよくなることを見つけましたが、このときクルクミンの効果も合わせて検討してみました。しかし、クルクミンを経口投与しても、記憶力にまったく影響ありませんでした。私は、科学者の一人として、他人のデータはできるだけ疑い、自分で実験を行い確かめたことを優先的に信じるよう心がけていますから、「クルクミンが記憶力を高めることはない」としか言えません。
カレーはおいしいから食べる。それで十分ではないでしょうか。認知症予防のために食べる必要はないと思います。