食欲をそそるニンニクの「匂い」…一方で「臭い」が苦手な人も
食欲をそそるニンニクの香り。一方で臭くなるのが苦手という声も……。ニンニクの匂いの効果と科学的に臭いを消す方法とは
ニンニク(学名:Allium sativum)は、ヒガンバナ科ネギ属の多年草です。主に球根(鱗茎)の部分が香辛料として利用されます。上述の通り、いろいろな料理に活躍するので、大好きだという方も多いでしょう。しかしその一方で、ニンニクが苦手な方もいるかもしれません。おそらく問題となるのは、あの独特なにおいです。
ちなみに、「におい」は、漢字で「匂い」または「臭い」と書きます。どちらも鼻で感じる感覚刺激ですが、前者はどちらかというと快いもので、後者は不快なものです。ニンニクのにおいは、調理したものを食べているときは「匂い」なのですが、食後あるいは他人が食べている場合には「臭い」になりますね。
ニンニクには、どうして独特な「におい」があるのでしょうか。どんな成分が関わっているのでしょうか。ニンニクのにおいに隠された秘密を解説しましょう。
ニンニクはそのままなら無臭…傷つくとアリシンが発生し刺激臭が出る理由
ニンニクは臭い(くさい)イメージがありますが、スーパーの野菜売り場にならんでいるニンニク(球根)は、無臭です。実は、皮がついたままで傷がついていない状態だと、ニンニクから臭気はしません。しかし、細かく刻んだり擦りおろしたりすると、硫黄を含んだ「アリシン(allicin)」(別名:硫化アリル)という物質が発生して、におうのです。無傷のニンニクは、細胞内に「アリイン(alliin)」という物質を含んでおり、これは無臭です。ところが、細胞が壊れてアリインが漏れ出すと、ニンニクの維管束付近に存在している「アリイナーゼ(alliinase)」という酵素の作用を受けて、アリインがアリシンに変化します。アリシンは、気化しやすいので、空気中を漂い、鼻や目の粘膜を刺激するのです。
アリシンの刺激臭は、多くの動物が忌み嫌います。その臭いを察知した動物は、ニンニクを口にしようともしません。また、アリシンは反応性が高く、タンパク質中のシステイン残基と結合する性質があり、カビやピロリ菌などの病原菌の構成タンパク質と直接結合して殺菌作用を示すと考えられています。つまり、アリシンは、自らを傷つけようとする敵である動物や昆虫、カビ、細菌までを撃退するのに役立っているのです。
動物のスカンクが、自らの身に危険が及びそうになると、強烈な臭いの「おなら」を放って敵を追い払おうとするのと似ていますね。
ちなみに、似たような防御のしくみは、ネギ、ニラ、ラッキョウ、アサツキなどネギ属植物が共通してもっています。
他の動物が苦手な刺激臭。なぜ人間だけがニンニクを好むのか?
ほとんどの動物が忌み嫌う「アリシン」の刺激臭がするのに、どうして私たち人間だけが、それを物ともせず喜んで食べようとするのでしょうか。進化の過程で脳を発達させた人間は、自然にある食材に手を加えて「おいしく食べられるように変える」という技を身につけました。そう、調理です。私たちは、調理の技術によって、動物たちが苦手とするニンニクさえおいしく食べられることを発見したのです。
私たち人間の脳が行う価値判断は、本能的なものだけではなく、さまざまな経験を重ねて得られた情報も含めて行われます(参考記事:「人の好き嫌いはなぜ変わる?恋愛の行方も決める「扁桃体」」。おそらく、本能的な感覚や欲求だけだと、私たちは「ニンニクは嫌い」と判断するでしょう。
しかし、調理をしたときに漂う香ばしいにおいや、他の食材と一緒に口にしたときの快感を学習することで、「ニンニクは調理するとおいしくて好き。また食べたい」と変わったのでしょう。さらには、近代の科学的研究から、ニンニクには多くの健康効果があることも報告されています。私たちは、こうしたニンニクの良いところを見出すことができたからこそ、好んで食べようとするようになったに違いありません。
アリシンの健康効果…臭いと比例して効果が期待される成分
アリシンは不安定な物質なので、間もなくすると、化学反応により他の物質に変化します。たとえば、ニンニク中のアリシンは、油に溶かすと、「アホエン(ajoene)」に変化します。少し細かい話になりますが、このときの化学反応では、3分子のアリシンが集まって、2分子のアホエンができることが分かっています。
もともと、スペインの研究者たちが、すり潰したニンニクを食用油に漬けておくと、血小板凝集を抑制する物質ができることを見つけ、1983年にその構造を決定して命名しました。その名は、スペイン語でニンニクを意味する“ajo”に由来します。アホエンは、アリシンとは違って、まろやかなにおいがします。
アホエンは、医薬の分野でも注目される物質です。上述のように発見された経緯から分かるように、血小板凝集を抑える作用がありますので、血栓形成を防ぐことで、心筋梗塞や脳梗塞のリスクを減らすのに役立つと考えられています。抗酸化作用や抗菌作用、抗がん作用も報告されています。水虫の治療薬としても有望視されています。
また、アリシンは、加熱したり油を使うと、ジアリルジスルフィド(DADS)やジアリルトリスルフィド(DATS)などに変化することも知られています。これらスルフィド類は、ニンニク料理を食べた後でにおう口臭のもとになりますが、その一方で、多くの健康効果ももっています。
ニンニクの臭いを消す方法・減らす方法はあるのか
ニンニクは、食べているときはおいしいですが、食後の「臭い」はやはり避けたいですね。上で説明したように、アリイン→アリシン→スルフィド類という変化をたどって悪臭が生じるわけですから、これをどこかで絶てばよいでしょう。もっとも簡単なのは、ニンニクが無傷の段階で加熱することです。加熱すれば、アリインをアリシンに変える酵素「アリイナーゼ」が失活するので、加熱後にニンニクを砕いてもアリシンはできず、刺激臭も起こらず、食後の悪臭も防げるというわけです。
加熱方法としては、ゆでるか、レンジが手軽でしょう。レンジの場合、皮をむかず丸ごとラップで包み(傷ついてアリシンが発生するのを防ぐため)、600Wで1分30秒くらいかけ、水にさらして冷ますのが良いそうです。この方法では臭いをかなり減らせますが、完全になくなるわけではありませんので、あしからず。
無傷のうちにアリイナーゼを失活させることは、アリインをできるだけ残して食べることにつながります。アリインには抗酸化作用がありますし、グルタミン酸ナトリウムやイノシン酸などのうま味成分の効果を高めることが知られていますので、食欲増進につながると期待されます。
ただし、無傷のうちにアリイナーゼを失活させることは、デメリットもあります。上述したように、ニンニクの健康効果の多くは、アリシンやその変化体であるアホエンやジアリルジスルフィドによるところが大きいですので、そもそもアリシンができないようにしてしまうとそれらが期待できなくなるのです。
つまり、刺激臭がするのは望ましくありませんが、生にんにくを切り刻んだり、擦りおろしたりすることで、できるだけ多くのアリシンを生じさせ、さらに調理することでスルフィド類を生み出すようにした方が、ニンニクの食品機能を引き出せるのです。
臭いを無くそうとするより、「臭いが健康の元になる」と思って、臭いを楽しむくらいの方がいいのかもしれません。