「イチジクは食べてはダメ」はウソ? 秋の味覚・イチジクの魅力
「イチジクは食べてはダメ」という説もあるようですが、適量を食べる分には健康効果の高い果物です
食材以外にも、イチジクはとても身近な植物として、私たち人間の歴史に関わってきました。また、生物学的にイチジクはかなり変わった植物です。皮の毒性や食べ過ぎによる食物繊維の過剰摂取などを懸念して、「イチジクは食べてはダメ」という説もあるようですが、健康維持に役立つ薬としても注目されてきた果物です。適量を食べる分には心配無用です。今回は、そんなイチジクの健康効果と栄養素について、意外と知られていない豆知識も交えながらご紹介しましょう。
イチジクは漢字で「無花果」だが…実は食用部分の中にある「花」
イチジクは、漢字で「無花果」と書き表されます。これは、花を咲かせずに実ができるように見えることに由来します。「そう言われてみると、確かにイチジクの花は見たことがないかも……」と思われた方も多いでしょう。しかし、一度でもイチジクを食べたことがある人なら、ちゃんと花が咲いているのを見ているはずです。種明かしをすると、私たちが食するイチジク(の実のように見える部分)の中に「花」があるのです。
イチジクは、初夏に、葉の基部から花軸を出し、その先端に壺のようにふくらんだ「花嚢 (かのう)」を形成し、その内側に多数の花を咲かせます。このように、外からは見えず、中に隠れてこっそり咲く花のつき方を「隠頭花序(いんとうかじょ)」と呼びます。完全に熟する前に、花嚢を半分に切ると、中に白いつぶつぶがたくさん集まっている様子を見ることができます。その一つ一つがイチジクの花です。花嚢の中で花が咲いた後には、「小果」と呼ばれる小さな粒(その一つ一つが本当の果実)ができ、花托(かたく:花を支える部分)や花序軸(かじょじく)の部分が多肉化し、全体に熟した状態になります。
ちょっとややこしいのですが、花嚢の中で咲いた一つ一つの小さな花が種子を含んだ果実になった段階で、花嚢は「果嚢(かのう)」と呼び名が変わります。花を含んだ袋「花嚢」が、果実を含んだ袋「果嚢」になるということです。私たちは、熟した「果嚢」を口にして、甘さとねっとり感やぷちぷち感を楽しんでいるのです。
「隠頭花序」という花の咲かせ方は、クワ科イチジク属の植物に特徴的です。オオイタビ、イヌビワ、ガジュマル、アコウなど、イチジク以外のイチジク属の植物も同じように花嚢の中に隠して花を咲かせます。
イチジクの健康効果・栄養素…不老長寿の果物と評された豊富な栄養価
イチジクは「不老長寿の果物」と評されるほど、栄養価が高いことでも知られています。古代ローマでは、最も食されたフルーツの一つで、重要な甘味源となっていたそうです。甘さの元となる糖分をそれなりに含んでいますが、腸の活動を活発にする水溶性の食物繊維「ペクチン」を豊富に含んでいるため、整腸作用によって 便秘の解消に役立ちます。カルシウムや鉄などのミネラル分をバランスよく含み、骨粗鬆症や貧血の予防にも役立つと言われています。また、タンパク質分解酵素の「フィシン」を豊富に含むので、肉や魚と一緒に生のイチジクを食べれば、タンパク質の消化を助けてくれるでしょう。
一方で「お酒による二日酔いの予防に役立つ」という説もあるのですが、この説にはエビデンスがほとんどなく、どうして効くのかも説明されていません。残念ですが、あまりあてにしないほうがいいでしょう。
漢方薬では無花果(むかか)・無花果葉(むかかよう)…薬としての活用も
また、イチジクは漢方では薬としても用いられています。イチジクの果嚢を乾燥させたものは「無花果(むかか)」と呼ばれ、お茶のように煎じて飲まれ、喉の痛みや声がれ、便秘、痔や腫れ物などに用いられます。また、イチジクの葉は「無花果葉(むかかよう)」または「唐柿葉(とうがきよう)」と呼ばれ、血圧が高い場合などに煎じて飲まれます。ただし、西洋医学的に見ると薬効を裏付けるエビデンスには乏しいので、特定の病気の治療に対して積極的に用いるようなものではないと考えるのが無難でしょう。
また、イチジク関連の薬と聞いて、「イチジク浣腸」を思い起こす方も少なくないかもしれません。大正時代に考案・発売され、便秘に苦しむ子どもの急患を助ける家庭薬として普及しました。お恥ずかしい話ですが、私は子どものころ、イチジク浣腸は「イチジクから作られた薬」だと思っていたのですが、後にそれが勘違いであることを知りました。イチジク浣腸は、その容器がイチジクの形をしているのでそう名付けられただけで、中身はイチジクとは関係ありません。有効成分は「グリセリン」です。
「禁断の果実」はリンゴではなくイチジクだった?
また、イチジクに関しては面白い話があります。旧約聖書の一節にある、最初の人間であるアダムとイブが神の命に背いて「禁断の果実」を口にしてしまったために、楽園を追放されてしまう話はとても有名です。この禁断の果実は「リンゴ」だと思われているようですが、これはどうやら誤っているようです。実は、旧約聖書の創世記中には、単に「果実」とあるだけで、リンゴとは一切書かれていないのです。もともとリンゴは、古来からギリシア神話等で魅惑の象徴とされていました。それに加えて、西暦382年にローマ教皇ダマスス1世が旧約聖書をヘブライ語からラテン語に翻訳するように命じたとき、当時の学者は、「果実」の意味をもつヘブライ語を、ラテン語の「malum」に置き換えました。Malumには、「悪」という意味に加えて、「真ん中に種と芯があり周りに果肉がある果物」という意味もあり、時に具体的に「リンゴ」と解釈されることもあります。翻訳するときに「悪い果物」というイメージにピッタリの言葉だったわけです。そして、その影響を受けて、1667年出版の、創世記をテーマにして創作された『失楽園』という叙情詩の中では、はっきりと「リンゴ」と記されました。これがきっかけとなり、「禁断の果実=リンゴ」説が世界中に広まったようです。
しかし、元の旧約聖書には、禁断の果実を食べたことで羞恥心を覚えたアダムとイブが、イチジクの葉を腰にまきつけたという話が記されています。また、イタリア・ルネサンス期の芸術家ミケランジェロが描いた、バチカン宮殿のシスティーナ礼拝堂の天井画「最後の審判」(1541年完成)には、イチジクが禁断の果実として描かれています。これらのことから、キリスト教徒や聖職者の間では「禁断の果実=イチジク」と考えられているようです。
禁断の果実として描かれていても、イチジクの栄養素や健康効果、そしておいしさは魅力的です。ぜひその魅力を感じながら、旬の果物を楽しんでください。