くだらないけど重要なこと
「今やっている北京五輪、我が家は大変なことになっているんです」そう言って苦笑するのは、ミカコさん(39歳)だ。5歳年上の夫との間に、8歳のひとり娘がいる。共働きだが、コロナ禍で夫は基本的に在宅ワーク。ミカコさんは家ではできない仕事のため毎日出社している。
「夫はもともと家事が上手で、以前から私のお弁当なども作ってくれていました。だけどときどき家事もしない、お弁当も作ってくれなくなることがあるんです」
それは夫の大好きなサッカーの試合があるとき。日本代表をこよなく愛する夫は、ワールドカップの予選など重要な試合で日本が負けると、酒量が増えたあげく家事もせずに寝込んでしまう。
「いつもはサッカーだけなので私も対処できるんですが、去年と今年は五輪が続いたので、こちらも疲弊しています」
特にひどいのは今回の北京五輪。スキーのジャンプスーツ失格問題では、熱くなった夫がガラスのコップを握りつぶして流血の騒ぎとなった。一方でスノーボードやジャンプでの金メダル獲得には雄叫びを上げて大喜び。
「あげく、娘に『努力することは大事なんだ』としつこく説教しまくって。努力が必ずしも報われるとは限らないのはフィギュアスケートの羽生選手も言っていたのにと私がつぶやいたら、『努力は報われるんだ。子どもにそう教えないでどうする』と反論してきたので大げんかになってしまいました」
夫の熱さに耐えかねた娘は、さっさと自室にこもってしまったという。
「この時期をやり過ごせば、また元の夫に戻るとわかってはいても、自分のことでもないのに感情移入が激しすぎてイライラするんですよ。私はあまり熱くならないタイプなので、そのたびにこの人とは合わないなあと確認してしまいます」
ひとりで熱くなっているだけならいいのだが、それを家族に押しつけてくるところが嫌でたまらないとミカコさんは言う。
「些細なことかもしれないけど、一緒に暮らしている身にとっては重要です」
不機嫌と説教はやめてほしい!
夫は「教訓」が好きなタイプ。熱い人にはありがちだ。「五輪でさまざまな競技を見ながら、『こうやってチームのために尽くすことは重要なんだ。だからおまえも家族のために尽くさないといけないんだよ』『倒れそうになってもがんばる。自分の限界を自分で決めてはいけないということだ』と娘に言い聞かせるわけです。私はその手の説教が大嫌い。選手がチームのためにがんばるのは当然だけど、それを家庭に持ち込むのは違う。娘の自由を損なうつもりかと怒ってしまいました」
教訓というものは、TPOに応じて使わなければ、ただの押しつけになってしまう。スポーツで頂点を競い合うような世界の話を、そのまま新入社員にそう言ったら過労死を引き起こしかねない。
「夫はがんばる人が好きなんでしょうね。もちろんがんばることは大事だけど、闇雲にがんばってもいいことがあるとは限らない。とにかく自分勝手な教訓を押しつけるなと毎日のように言っています。そもそも、あなたは何かを極めたのかということですよね」
他人がやっている競技を見ながら熱くなり、勝った負けたで不機嫌になり、あげく身勝手な教訓を押しつける。これを「横暴」というのだとミカコさんは感じている。
「今は何を言っても無駄なので、娘には『おとうさんの言うことを本気にしないように』とだけ伝えています。五輪が終わったら、今回はもう、きっちり夫にこういうことはやめてほしいと談判するつもり。うんざりなんですよ、もう」
ミカコさんは本気で嫌そうな表情を浮かべた。結婚して10年になるが、年とともに夫の熱さが増していることに少し疲れているようだった。