ネットの書き込みにはまったのはなぜ?

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芸能人や著名人、さらには皇族や関係者などへのネットの誹謗中傷コメントが止まらない。先日の眞子さん絡みでは、いくつものサイトが封鎖された。過去には誹謗中傷を苦にして亡くなった人たちが多々いるのに、それでも人は人を叩き続ける。

「おそらく多くの人たちは悪気がないと思う。私自身、一時期はまったので……」

ナオコさん(39歳)はそう言った。彼女によれば、「一度、自分が正義だと思うことを書き込んだら、急にハードルが低くなってはまっていった」そう。
 

私なりの「世直し」を妹に目撃されて……

「最初は電車の中で、隣に座っていた会社員風の男性がスマホをいじっているのを見たところから始まりました。別に覗き込んだわけではないけど、見えちゃったんですよね。まじめな感じなのに、彼が必死になって書き込んでいるのはタレントへの誹謗中傷だった。汚い言葉の羅列にびっくりしました。彼は書き込みが終わると何ごともなかったのように次の駅で降りていった」

ナオコさんには、なぜかその光景が強烈に焼きついてしまった。5年ほど前のことだ。ちょうどそのころ、長年つきあっていた彼の浮気が発覚、むしゃくしゃしていた。

「結婚を考えて4年もつきあっていたのに、簡単に裏切られた。そんなの許せないと思ったけど、どうすることもできない。それから少したったころ、あるタレントの不倫の話がサイトに出ていたんです。自分のことと重なって、夜中に思わず『許せない。妻の気持ちを考えろ』と書き込みました。同調してくれる人もいて、ちょっとすっきりした。こうやって自分が声を上げることで世直しになるのかもしれない、不倫する男性を少しでも減らせるかもしれないと思ったんですよ。鬱屈していた気持ちが少し晴れたのもうれしかった」

それ以降、タレントの浮気や不倫の話に敏感になった。ときには罵倒するようなコメントも勢いで書いてしまったのだが、それがまた共感を呼んでいるとわかった。

「そうなると止まらなくなって……。世直しなんて偉そうなことを思っていたのに、だんだんただのストレス解消に変わっていきました」

それは習慣になっていった。たまたま妹が泊まりに来たときも、ナオコさんは深夜、スマホに向かってひたすらキーを打っていた。

「寝たと思っていた妹が、『何書いてるの』と覗き込んで、『おねえちゃん、頭、大丈夫?』と。『知らない人の悪口を書き込んで、それを見た当事者がどう思うか想像がつかないの? 他人を追い詰めて何がおもしろいの』と呆れたように白い目で見たんです。

ハッとしました。そうだ、私、何をやってるんだろうって。他の悪口コメントを読んでみろと妹に言われて読んだら、気分が悪くなりました。さっきまで私がそれをしていたのに。妹に『やめないと軽蔑する』と言われて現実に戻りました」

それ以来、ナオコさんは一度も書き込みをしていない。今は怖くなり、コメント欄は読まないことにしているという。
 

「正義を主張」して何が悪いのか?

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一方で、「罵倒はしていませんが、正義については声を上げています」と言うのは、キョウコさん(54歳)だ。

「世の中、昔ながらのルールや倫理観が欠如しているでしょ? 私の娘は今、28歳と25歳。上は就職して、下は大学院生なので、もう子育ての重圧からは解放されましたが、今どきの若いお母さんを見ていると道徳観がないと思うことが多くて。最初は子育て関係の掲示板に、子どもがぐずったらどうしたらいいかを書き込んだんですよね。それがけっこう反響があったので、どんどん書くようになったんです」

ときには電車の中での子連れ母への辛口コメント、思春期の子どもへの対応に「失敗している」親たちへの警鐘などなど、彼女は「自分の経験を役に立ててほしい」という純粋な気持ちで投稿を続けていた。

「今もあちこちに書いていますよ。自分が正しいと思うことを伝えていくのが私たちの年代の責務だと思うから。皇室関係のニュースには、けっこう私もコメントしました。正しい意見を述べただけです。汚い言葉は使っていません。苦言を呈しているだけ。人として正しいことを言うのはいけないことですか」

気色ばむキョウコさんに、「書き込んで満足できるのか」と尋ねると、「満足なんてしませんよ。だけど正しい考えの人間がいることを知ってもらいたいし、私の意見を読んで考えるヒントにしてほしいと思って」と自信満々の答えが返ってきた。

自分の意見が正しいと言い切れる根拠は何だろうか。知らない人の人生や思いに土足で踏み込むようなことを書けるのはなぜなのか。書き込んでいる人、みんなが「自分は正しい」と思っているわけではないだろうが、ある程度の自信がなければ書き込めないはず。

「それは人として、道徳観や倫理観を持っているかどうかという問題です。私は間違った生き方はしてこなかった。だから書けるんだと思います」

そう言うキョウコさんに、それを見た当事者が傷ついたらどう思うのかと問うと、

「その人の反省材料にしてくれればいいなと思いますよ」

と、少し的外れな意見が返ってきた。

悪気はない。前出のナオコさんはそれでも自分が抱えるストレスも関与していると認めている。だがキョウコさんは、自分が正しいと信じていることを人に教えてあげなくちゃという思いに突き動かされているようだ。

キョウコさんにも、人生においての「失敗」はあるだろう。それを責められたらどう思うのだろうか。

「事実じゃないことは無視すればいいんですよ。まあ、そもそも私らみたいな一般人は、そんなふうにさらされることはないでしょうし」

子どもたちや一般人に流布している「ネットいじめ」という現象もあるのだ。想像力が欠如している。

多くの人は、記事にあおられ、誰かの書き込みにあおられ、自分も書いていいだろうと思ってしまうのかもしれない。「みんなが書いているから自分も」は危険だ。意図しなくても、人は人を傷つけることがある。そもそも、他人の人生に善悪の判断を下すことに意味があるとも思えない。面と向かって言えないことを匿名で書き込むのは卑怯であるという最低限の認識を持てない人がいることが、やはり不思議でたまらない。
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