グッズメーカーが作った1日1組限定ホテル
アブラサスというブランドは、キャッシュレス時代の足音さえ聞こえていない頃に、「薄い財布」や「小さい財布」を発売していました。その先見性の確かさは、ユニクロのエアリズムより数年早く、座って作業することが多い人のための「座るパンツ」や、財布にセキュリティ意識を盛り込んだ「旅行財布」などでも証明されています。そして、2021年7月にアブラサスはホテルを始めました。それが、「アブラサスホテル富士河口湖」です。財布やカバンを中心に製品展開をしていたメーカーによるホテルということも驚きでしたが、そのホテルは1日1組限定のプライベートホテルでした。しかも、連泊不可で、チェックイン15時、チェックアウトは翌11時の、20時間を完全貸切で楽しむ、あまり他に類を見ないものです。
河口湖の近く、標高1000mにある別荘のようなホテル
場所は、富士山の近く標高1000m、河口湖インターチェンジから車で約10分のところにあります。富士急行河口湖駅からタクシーで約15分、都心から車で約90分というアクセスの良さで、オプションで車での送迎サービスもあります。基本的に、着替えさえ持っていけば、あとはほぼ手ぶらでも楽しめるように作られているため、このアクセスの良さと合わせて、本当に気軽に出かけられます。今回は、送迎サービスを利用しましたが、これは本当に快適。友人たちと待ち合わせた場所へ、アルファードのエグゼクティブラウンジが迎えに来てくれました。6人乗れる車に3名で乗ったので、とてものんびりとでき、談笑している間に、ホテル近くの農産物直売所や道の駅に到着。飲み物やおつまみ、山梨のぶどうなどの果物やデザートなどを購入して、チェックインという流れです。 チェックイン時に、設備の説明や、食事を作る際の注意、設置されているサウナカーの使い方、薪の割り方など、必要なことを教えてもらって、後はチェックアウトまで好きに遊ぶことになります。説明してくれた管理人の方が近所に住んでいるので、もし何かあれば電話で呼び出すこともできます。
薪割りも食事の用意もアクティビティ感覚で楽しめる
そう、このホテルでは、お世話をしてくれる人はいません。サウナを使うなら用意された薪を割るところから始めますし、食事は用意された食材を使って自分たちで調理します。といっても、薪割り器が用意されていて、簡単に薪が割れるし、料理も人数分の材料がきちんと切って用意されているので、行うのは焼いたり煮たりといった部分のみ。難しいことはありませんが、案外、やることは多く、温泉でのんびり、といった旅行とはちょっと違います。新しく、食材を自分たちで持ち込んで調理する食事抜きの素泊まりプランも登場したように、この「自分たちで何でもやる」ことも楽しむ、ちょっとキャンプに近い楽しみ方で遊ぶホテルになっているのです。 調理は、本当に簡単でした。ナッツやチーズ、ゆで卵の燻製を作り、鍋で丸ごとのキャベツと肉を煮込んだスープを作り、溶岩プレートで野菜や肉を焼くだけです。洗い物もする必要はなく、使った食器は用意された箱に入れるだけです。
ただ、難しくはないけれどそれなりに手間と時間はかかります。15時にチェックインして、説明などを聞いて、荷解きをして、くつろぐ体勢になるのは16時くらい。なので、1時間くらいのんびりしたら、ぼちぼちと料理を始めることになります。お酒を飲んじゃうといろいろ面倒くさくなっちゃうので、早めに仕込んで後はゆっくりというのが良いと思いました。
全ての部屋から富士山が見えるという設計の強力さ
このホテルに来て、つくづく思ったのは「富士山」という存在のコンテンツ力の高さです。どの部屋からも富士山が見えて、オープンテラスのような状態のリビングスペースからは、額縁に入れたような富士山が楽しめます。この富士山が、ずーっと見ていても飽きないのです。筆者が行った日は、到着してから日が暮れるまで雲がかかって富士山の山頂は見えず、見えるのは稜線の下の方だけだったのですが、それでも、流れる雲が稜線を徐々に高い位置まで見せてくれて、その様子がとても面白いのです。 翌日はキレイに晴れて、その富士の全貌がよく見えました。暗い山肌が徐々に明るくなっていく様子を、友人たちとポツポツ喋りながら眺めているだけで、2時間くらいはあっという間です。そして、雲一つない晴れた富士よりも、雲がかかったり晴れたりする富士が面白いということにも気がつきます。葛飾北斎が富嶽三十六景の「凱風快晴」で、雲をいっぱい描いたのは、こういう訳だったのかと納得できたのが、大きな発見でした。
自分たちで作るからこそ自由に楽しめる夕食時間
用意された食材を、焼いたり煮たり。事前に食べられないものを伝えておくと、それに合わせた食材を用意してくれる。今回、豚肉が食べられないメンバーがいたので、ベーコンやソーセージの代わりに、牛肉やコンビーフが用意されていた。
食材を持ち込むプランが登場したのも、こういう食事の自由さを楽しみたい人に対応したからでしょう。鍋や調理器具は良いモノがそろっているので、料理が得意な人は存分に腕が揮えます。
本格的サウナと二つの浴槽でたのしむお風呂の充実
私たちは、富士山を眺めるのと食事の用意と、酒を飲むのに忙しく、サウナは翌朝ということにしましたが、もちろん、そういう設備をどう楽しむかも自由。サウナは使わず、お風呂にだけ入るというのも十分アリです。 そのお風呂が、なかなかに快適で、二つの大きな湯船に足を伸ばして浸かりながら、富士山を眺めることができます。その意味では、お風呂は夜よりも富士山が見える時間がおすすめ。私たちは、お風呂を足湯代わりに使ったりもして、贅沢に二つの湯船を堪能しました。 サウナは翌朝、キャンパーの友人が薪を割って火を入れ、じっくりと温まっていて、これが快適そうだったのですが、あまり温めてはいけない身体の筆者は、その時間は、オープンリビングで、持ち込んだウクレレやインスタコードを演奏して遊んでいました。屋外で富士山を見ながら弾くアコースティックの楽器は、とても気持ちよく、ちょっとしたセッションなんかも楽しめます。ホテルの魅力は翌朝が本番かも
翌朝は、せっかくなので夜明け前に起きて、富士山を眺めたりウクレレを弾いたりした後は、用意されたコーヒーの生豆を焙煎して、これも材料が用意されているホットサンドを作って朝食。ホットサンドイッチは子どもの頃から作っているので、コンロの前にいなくても、良い加減に焼ける私です。焙煎は、かなり時間がかかるので、早めに始めた方が良いかもです。また、コーヒー好きは好みの豆を持ち込むのも良いですね。私も、気に入っている豆を持ち込んで、到着早々、まずコーヒーを淹れました。 実は、ボードゲームや洗濯機、パソコン用のキーボードやBluetoothスピーカーなど、さまざまなツールが用意されているのですが、富士山を見るのに忙しく、使ったのは、ダイソンのドライヤーと食事のBGMにBluetoothスピーカーくらいでした。
たくさん用意されたスパイス類も、素材が良いのか、ほとんど塩と胡椒だけしか使わなかったのですが、凝りたい人はいくらでも凝れるように用意されているのがありがたいですね。
大人の遊び場としてのホテルという空間
何せ、1日1組なので、あっという間に予約が埋まるのですが、それでも、早めに予定すれば、2カ月、3カ月くらい先なら比較的予約が取れるようです。料金は、季節や日によって違いますが、現在、オープニングキャンペーン中で、大体、1人3万円以内と考えておけばいい感じです。そして、私が行ってみて感じた印象ですが、子どもが小学校高学年から中学生くらいの家族4人とか、気のおけない友人同士で3~4人なんかで来るのが一番楽しめるような気がしました。鍵のかかる3人まで寝られる寝室が2つ用意されているので、男性3人、女性3人までのグループ飲み会代わりに使うというのも楽しそうです。
キャンプほど面倒はなく、グランピングほど至れり尽くせりではなく、しかし、アウトドアに興味がなくても楽しめる、面白い空間でした。富士山の姿を含め、季節感をダイレクトに感じられるのも、このホテルの大きな特長でしょう。 調度品や用意されているアイテム、アメニティなど、随所に、グッズメーカーらしさが感じられるのも面白いところ。特に、二つの寝室それぞれに、寝心地が違うベッドが用意されていて、自分好みの寝心地を選べるというのが好きでした。また、スマホ充電用のケーブルや充電用のUSBコンセントが用意されているのもれうれしいですね。もちろん、Wi-Fiも完備です。 大人がのびのびと遊べる20時間。というのが、全体を通した印象。休むとか、のんびりするとか、アクティビティを楽しむとか、ホテルには色んな楽しみ方があると思うのですが、こういう、大人になってから友人と遊ぶ場所、というのは、あまりなかったような気がします。そして、その遊びの中心に「富士山を眺める」という、物凄く強力なコンテンツがある訳です。
【参考】
※1:アブラサスホテル富士河口湖公式サイト
(https://abrasushotel.jp/)