別姓制度がないなら…事実婚を選んだカップル
1950年代後半から民法部会で「夫婦異姓を認めるべきか」が議題に挙げられながらも、一向に進まない選択的夫婦別姓制度。夫婦で姓が異なると家族としての一体感がなくなるという危機感を口にする議員も多々いるが、逆に言えば同姓であることにしか家族としての一体感が見いだせないのだろうか。はたまた、「家族としての一体感」とは何を指しているのか。
そもそも殺人事件の半数以上が親族間でおこっている実態を考えれば、「家族として一体感を持たなければいけない」という圧力が家族に負荷をかけているともいえるのではないだろうか。
別姓が実現しないから事実婚へ
2年つきあっている彼との間で結婚する話が出たとき、イクミさん(40歳)は「婚姻届を出したくない」と彼に言った。当時、彼女は31歳、彼は28歳だった。
「仕事が好きだし、私なりにキャリアを積み重ねてきた実感があったんです。ただ、勤務先も当時は通称利用ができなかった。先輩の中には結婚・離婚をして、そのたびに姓が変わったことを仕事相手に伝えたり、2度離婚した人なんて取引先からわけがわからないとクレームをつけられたりしていた。それを見ていたので、名前を変えたくなかったんです。彼のことは好きだけど、名前を変えることの煩雑さや、今まで培ってきたものを失うような怖さもありました」
すると彼は、「だって結婚したら女性は男性の籍に入るものなんでしょ」と言った。それを聞いてイクミさんは開いた口がふさがらなかったという。
「男性の意識なんて、そういうものなんでしょうね。あなたはいつの時代を生きているの、それは明治憲法だよって言ってやりました。彼はそこから勉強を始めたようです」
戦後の新民法では、結婚する者はそれぞれが親の籍から抜けてふたりで新たな戸籍を作ること、通常の結婚では「入籍」という言い方は間違っていることなどを彼はしっかり学んできた。
「それで改めて、そもそも戸籍制度が古いよね、家父長制度の名残だよねというところで意見が一致。彼は『僕は自分の姓を守りたいわけではないけど、語呂がいい今の名前を変えたいとは思わない。イクミだってそうでしょ。別姓を選択できないなら事実婚にしようよ』と言い出しました。単なる同棲ではなく、きっちり公正証書を作って事実婚であることを公表、保証してもらう。それならどちらかが手術したりしたときも同意書は書けるはずだと。彼に促されるようにして事実婚へと踏み出しました」
親の反対はあったものの
ところがその話を聞いたイクミさんの親は懸念を示した。「夫婦で名前が違うなんて、おかしいよと母が言うわけです。だけど何がおかしいのかというと答えが返ってこない。結局、『みんなと違うことを変な目で見られる』と世間体を気にしているだけなんですよね。最後は事後報告でした。彼のほうもそうだったみたい」
3年後に長女が生まれたとき、イクミさんは夫と話し合って自分の籍に入れた。もちろん夫は認知している。
「保育園に預けるときもシングルマザーだと思われました。ちゃんと話したら誤解は解けましたが、そのとき保育士さんが『うちもそうしたかったけど、周りの圧力に負けて、出産前に婚姻届を出したんです。がんばってくださいね』と言ってくれて。私たちは別に何らかの活動をしているわけではないのですが、潜在的に別姓を望んでいる人は多いのかもしれないなと思いましたね」
夫と同居し、子どももいるのに別姓を望んで事実婚だというと、子どもがかわいそうだと言われることもあるが、顔では微笑みながら内心、よけいなお世話だと思うことにしているとイクミさんは笑った。
「今では勤務先も通称利用が可能になったので、結婚しようと思っている後輩から相談をされることもあります。事実婚で不便はありませんかって。被扶養者になるなら損かもしれないけど、自分が働いている分には特に不利益は感じない。ただ“世間”という見えない存在からのプレッシャーはあるかもねと言うようにしています」
同氏を強制するわけでもなく、選択肢を増やすだけの「選択的夫婦別姓制度」がなかなか実現しない背景には、旧来の「家族制度」に支配されている政治家が多いということなのだろうか。世論はすでに7割以上が賛成しているというのに。
「うちの子は6歳ですが、すでに別姓についてはきちんと了解していますよ。今年から小学生になるので、いつか友だちから指摘されたときにどう説明するのか楽しみです。本当はそのころには説明しなくてすむように、きちんと制度化されるべきだとは思いますが」
選択肢が増えることは、シンプルにいいことだ。制度は人を縛るものではなく、より快適に生活するための方法のひとつなのだから。