夫は感謝を示している「つもり」だけど

ありがとうを言わない夫

「くらしのマーケット」の「夫婦間の感謝」に関するアンケート調査で、興味深い結果が出ている。

こういったアンケートに回答する人たちなので、関係はおおむね良好のようで、お互いに「感謝されていると感じる」人たちが半数。

ところが、「感謝を示していないなあ」と省みている夫が10%なのに対し、「夫からの感謝をまったく感じていない」妻は23%もいるのだ。言い換えれば、夫は感謝を示しているつもりなのに、妻に伝わっていないケースが少なくないということでもある。

実際、「感謝されたいわけではないけれど、もうちょっとねぎらいの言葉くらいあってもいいんじゃないの」と思っている女性は多い。

 

やってもらって当然だと思っている夫

「いつのころからでしょうか、夫が私の息子みたいになってしまったのは」

遠い目をしてそう言うユリさん(44歳)。結婚して15年、中学2年生の息子、小学6年生と3年生の娘たち、3人の子がいるのだが、いつの間にか夫が4人目の子どもになっているという。

「しかも夫だけは育て損ねた(笑)。たとえば洗濯物。かつては私が畳んで置いておくと、子どもたちはそれぞれの引き出しに自分たちで入れていました。今はみんな自分のものは自分で畳むようになって成長したんですが、夫だけは自分のタンスの引き出しにしまおうとしない。あげく、お風呂上がりに『オレの下着、どこ?』と言う始末。パートとはいえ私も働いていますし、家事と子どもの世話で手一杯。どんなに言っても夫の成長がないので、いちいち言うのもめんどうになってついやってしまうという悪循環なんですよね」

考えてみれば不思議なことだと思う。体が動かないわけではないのに、自分の身の回りの世話をしてもらうのを当然のように感じている、「夫たち」という存在が。自分の居場所を掃除してもらい、身につけるものを洗濯してもらい、ご飯を作ってもらう……日常生活のすべてを妻という名の他人にやってもらうことを当然とするのは、生活者としていかがなものか。そして、そういう自分を顧みようともしないのは、人としていかがなものか。

「もちろん、洗濯なんて全部いっぺんにやったほうが簡単だから、夫に自分のものは自分で洗えとは言いません。でもたとえば、夫が洗濯をしてもいいわけですよね。夜早く帰ってきたときに夫が率先して洗濯をしてもいい。週末は夫が率先して家中を掃除してもいいはず。だけどやらない。そこが不思議なんです」

他人にやってもらっているのだと考えれば賃金が発生する案件なのだが、「家族」という名の下に見過ごされてしまう。それどころか妻がやって当然だと思ってしまう。

 

せめて気持ちを伝えてほしい

一方で、まれに夫が気まぐれのように料理を作ると、ユリさんは「ありがとう」と言うし、「おいしいね」とも言う。夫をおだてる意味ではなく、誰であろうと作った人には感謝したいという気持ちからだ。

「夫はドヤ顔をしていますけどね。でも私はふだんから夫にありがとうと言われたことはないなあとふと思ったんですよ。だからあるとき夫に、『私が毎日、料理をしていることに対してどう思う?』と聞いてみたんです。すると夫は私の殺気を感じたのか、急におどおどして『どうって……えーっと、ありがたいと思ってる』と必死に言う(笑)。これはいいチャンスだと思って、『気持ちを言葉にするのは大事なことだと思うよ』と言い聞かせたんです。それでも言うときと言わないときがありますけどね。子どもたちには私は『ありがとう』を強要しています。誰が相手でも、きちんと感謝を示しなさいとも言ってる。それをそばで聞いていながら言えない夫……。ときどきイラッとします」

「心の中ではいつも感謝している。手を合わせている」と夫たちの声が聞こえてきそうだが、気持ちは言葉や態度できちんと表さないと伝わらないのだ。言わなくてもわかっているだろうと思っているうちに、ふたりの溝は深く広くなっていくもの。

「夫婦はあくまでも他人なんだという気持ちが、夫は薄いのかもしれません。私はずっと、どんなに一緒に暮らしても他人だなあと感じているんですけどね」

安心感が強まって、妻を「他人」と感じられない夫、「どんなに家族として親しくても、夫とはあくまでも他人」と感じている妻。この現実を直視しないと、いつか夫たちは妻から見捨てられてしまうのかもしれない。
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