独身でいたから親の面倒を見ざるを得なくなって
女性にとって母親との関係は複雑だ。もちろん何の問題もない人も多いだろうが、もともと問題を抱えている場合、女性が年齢を経るにつれて、関係はますますのっぴきならないものになっていく可能性がある。
母親とは関わらないと決めていたのに
母親に支配されてきたという思いが強かったチフミさん(43歳)は、高校を卒業するとすぐ家を出ようとしたという。
「中学受験させられて、そのころはお母さんの言うことは絶対だと思っていたので受けたら合格してしまったんです。でも私はついていけなかったし、校風も向いてなかった。エスカレーター式に高校には入ったけど夏休み前には中退しました」
その後、公立学校に転校したが学校にはなじめなかった。それでも時間がたつうちに友だちもでき、なんとか卒業することができた。
「どこか住み込みで働けるところを探したいと本気で思っていました。母は、細かいことから大きなことまで自分が支配しないと気がすまないタイプ。しかも自覚がないからタチが悪い。たとえば朝起きてリビングに行き、コーヒーをいれようとするとその一瞬前に『コーヒーあるよ』と言う。私がやろうとすることを先回りするんです。子どものころも学校から帰ってきておやつを食べて、さて宿題をしようかと立ち上がる寸前に『宿題は』って。高校までずっとそうやって育てられて、いつもイライラするような子になってしまった気がします」
家を出ようとするチフミさんを、母親は必死で止めた。彼女はふたりの兄がいる末っ子で母にとっては初めての女の子。まさに自分の分身だと思っていたのだろう。
「あなたの好きなようにしていいから、大学に行かなくていいから家にいて。家を出るなら私を殺してから行きなさいって、すごい剣幕だった。若かったからビビっちゃったんですよね、私も」
1年浪人して大学に入学、母が望んだ有名大学ではなかったため、「期待外れなことしてくれるのね」と言われて傷ついた。学生時代は友だちのところを転々として帰らない日々も多かった。帰るとすがるような目をしながら、口では文句を垂れ流す母を無視して自室にこもったという。
「社会人になってやっと家を離れました。だけどどこか心が壊れかけていたんでしょうね、会社の人間関係がうまくいかず、疲れ果てて休職。情けないけど自宅に戻るしかなかったんです」
悔しかったのだろう、当時を思い出してチフミさんは唇を噛む。
結婚もうまくいかず
それでもなんとかがんばって復職、異動で同じ部署になった2歳年下の男性と親密になり、32歳のときに結婚した。「これで母から逃れられたと思いました。でもそれは甘かった。彼は優しい人だったけど、母がしょっちゅう家に来て引っかき回していくんです。彼もうんざりしていた。もう来ないでと何度も言ったけど、母は聞く耳をもたなかった。私は自分から彼に離婚を申し出ました。彼を巻き込むのはあまりにもつらくて」
わずか1年の結婚生活だった。彼女は職場にすべて話して理解してもらい、引っ越し先を母親に教えなかった。
なぜ彼女だけが母親にこれほど執着されていたのだろう。チフミさんの話によれば、両親の仲は決してよくなかった。父は仕事人間で、家では妻を尊重する気配はなかった。そうなると母親の気持ちの行き先は子どもたちになってしまう。だが上の男の子ふたりは、母の支配が及ばなかった。母も男の子にはどこか遠慮しているところがあった。そしてチフミさんに母が依存しながら支配するという構図ができてしまった。父も兄たちも、母の末っ子への固執が過ぎることはわかっていたが、下手に口を出すと自分たちが文句を言われる。それを避けるためにあえて母を看過してきたようだ。
「離婚して引っ越してひとりになったとき、やっと解放された気がしました。母は会社にも訪ねてきたようですが、会社側がガードしてくれて。それからしばらくは平穏な日々が続いたんです」
兄たちは結婚してとっくに家を離れていた。彼女はごくまれにすぐ上の兄と連絡をとり、両親の安否だけは把握していた。ようやく仕事にもきちんと向き合えたし、当時は上司にも同僚にも恵まれていて仕事が楽しかったという。
ところが40歳を目前にしたとき、父親が亡くなった。異変を感じて病院に行ったときにはすでに手遅れで、余命3ヶ月と言われ、3ヶ月後に力尽きた。
「さすがにお通夜やお葬式に行かないわけにはいかなくて……。すっかりやつれた母を見たら、少しかわいそうになってしまったんです。母は当時、69歳。さすがにもう私に粘着してこないだろうと思い、懇願に負けて同居することにしたんです」
家を処分したがたいした金額にはならず、チフミさんの貯金もはたいて中古の2LDKのマンションを購入、そこで母と同居の日々が始まったのが1年前。そのころ彼女には、すでに1年つきあっている男性がいた。
「結婚には懲りていたし、彼もバツイチなので気楽につきあっていければいいと思っていました。彼はひとり暮らしだから週末は彼のところに行ったりして、それまでと変わらない生活を送ろうと思ったんです。母も私には干渉しないと約束してくれた」
だが、同居生活が始まると、まるで高校時代の再現だった。週末、出かけようとすると「どこへ行くの、誰と会うの、いつ帰ってくるの」を連発する。母はまだまだ元気だし、自分ひとりでも生活できる。それなのに娘に対して依存的支配を繰り返すのだ。
「私のことは放っておいてと1日何十回も言ってますね。こうなることがわかっていたのに、どうしてまた同居してしまったのか自分で自分を呪うしかない状態です。自分がまた心を壊す前に離れなくては……と今、考えています。でもうち、ほとんど財産がなかったので母も私もお金がない。それでも離れたほうがいいと思う」
兄ふたりはそれぞれ家庭があるので頼れない。なにより母が執着するのはチフミさんなのだ。どうして一生、こんな目にあうのだろう。母は私を不快にさせるために生きているのだろうか。チフミさんはなんとか平常心を保つのにせいいっぱいの日々だという。