「みんなができること」ができなかった人生……
隣の芝生は青く見えるものだ。どんな立場にいてもそれなりに苦労や悩みはある。そうわかっていても、「みんなができること」ができなかった自分に後悔がないわけではないと語る女性もいる。
不満があるわけではないけれど
ある企業で管理職を務めるマサミさん(48歳)は、「更年期も重なっているのか、最近、ときどきふっと虚しい気持ちになる」ことがある。
大学を卒業して就職、それなりに地位を固めており、一生懸命に働いてきたという自負はある。
「20代は必死でした。30代になって仕事が楽しくなり、ハッと気づいたら30代も後半になっていて。結婚も考えましたけど、自分の中に願望がなかったんですよね。でも40歳になったとき、子どもを産めばよかったと思う瞬間もありました」
恋愛もそれなりにしてきた。既婚者とつきあったこともある。今となってはすべてが“思い出”と化している。
「3年ほど前、高校時代の同窓会があったんです。ほとんどの人が結婚していて、夫の愚痴をこぼしながらもケラケラ笑っている。私にもこういう人生があったはずなのにと強烈に感じて、それからことあるごとに自分の人生を振り返るようになっています。でも結局、継続して何かを育ててきたことがないんですよね」
人は子どもの年齢に応じて自分の年齢を考えることがある。子どもを育てることは自分が老いることだとすんなり受け止めることもできるのかもしれない。子どもがいなくても、結婚していれば記念日がある。ふたりの歴史もある。だが独身者には、そういう感覚があまりないのだ。開き直れればいいのかもしれないが、「家庭をもつことができなかった自分」が、どこか人と違っていて、それゆえに「世間一般の幸せ」に行き着けなかったと思っても不思議はない。
「じゃあ結婚したかったのかと言われれば、やはりそんなにしたいとは思えなかったという結論になるんですが、それでも一度くらいはすればよかったのかな、あるいはしたくてもできなかったのかな、などと考えてしまうんです」
半世紀近く生きてくれば、そんな逡巡も生まれてくるのかもしれない。
誰からも必要とされていない……
学生時代の女友だちと会っても気が晴れない。気の合う同僚と食事をしても、帰り着くところはいつもひとりの自宅だ。「私を待っている人は誰もいないんです。両親はすでに亡く、実家は兄一家がいますがほとんど連絡を取り合うことはありません」
1年ほど前、3年間つきあっていた恋人と別れた。5歳年下のバツイチの彼は、心の優しい人だったが、あまりにも彼女に頼ってくるので疲弊してしまったという。
「彼の転職をサポートしたのをきっかけに、それまで単なる友だちだったのがつきあうようになったんですが、彼は私を頼れば何とかなると学習してしまったみたい。違う会社なのに仕事の相談をしてきたり、社内の人間関係がうまくいかないから私から上司を説得してほしいと言ったり。『私はあなたの上司でもお母さんでもない』と言ったら涙目になってしまって。怖くなったんでしょうか、それきり連絡がこなくなりました」
誰かに強烈に愛されたい、どうしても一緒にいたい、必要なんだと言われたい。そんな思いもあるが、実際にそう言われたら「うっとうしいと思っちゃう」とわかっている。そしてうっとうしいと思った自分がヘンかもしれないと感じてしまうのもわかっている。
「このまま悶々としながら50代を迎えるのもイヤなんですが、だからといって何かを変えるわけにもいかない。30代でマンションを買ったのでローンもあるし仕事の責任もあるから、何もかも投げ出して新しい人生を送るのも無理だし。そもそも半世紀生きてくると、ここから新たに何かを始めても結果が出るまでに10年かかると思うと、冒険はできません。日常のささやかな楽しみを見つければいいんでしょうけど、私、趣味ひとつないんです」
どんどんネガティブワールドに入っていくマサミさん。ただ、彼女はわかっているのだと思う。足りないものを数え上げても決して幸せな気持ちにはなれないことを。それでも足りないものに目がいってしまうから苦しいのだ。
年をとると、持っているものといないものとの違いが歴然としてくる。それは生きていくことの残酷さでもあるのかもしれない。