「新しい生活様式」だからこそ、離婚で人生も生活もリセット
新型コロナウイルスは、人々の生活様式をがらりと変えた。今後、時間をかけて徐々に戻っていくとしても、コロナ以前・コロナ後という言葉ができるくらい、すべての人に影響を与えることになるはずだ。そんな中、離婚を決意した女性がいる。
問題はなかったのだけれど
離婚を決めたというのは、ミツコさん(37歳)だ。大好きな3歳年下の彼と結婚して7年たつ。子どもはいない。
「今回、ふたりとも週に1度くらいの出社で家にいることが多くなりました。最初のうちは、結婚して以来、こんなに話すのは久しぶりというくらい話すのが楽しくて、夜を徹してしゃべっていることもあったんです」
たわいもない話をだらだらとしているうちはよかった。ところが時間があるものだから、だんだんとお互いの心の奥深くに入っていくようになっていった。
「誰だって子どものころの悲しい記憶とか親への不満とか、そういうものを抱えて大きくなってきたんだと思うんです。だからそういう話も共感しあえたし、彼は3人兄弟の末っ子で、どこか自分の存在に自信がもてなかったとも言うので、『そうなんだー』と驚きつつも同情したりもできた」
ところが、彼は話すにつれて、憎悪や恨みを募らせていく気配を見せる。自粛生活でのストレスもあるのだろうと、彼女は話題を変えるように仕向けた。
「だけど彼はそれに乗ってくれなくて。実は親を恨んでいた、今も嫌い、兄ふたりも自分のことしか考えていないなどと言い始めて。彼の家って、兄弟3人仲良しで両親も温かい人たちだと私は思っていたんです。彼自身も自分の育った家庭を自慢していたこともあった。私は年に1度会うかどうかというくらいなので見抜けませんでしたが、彼が言うには『みんなが演技している家族』なんだそうです。でももうみんな大人なのだし、それはそれでいいんじゃないかと感じましたね、私は」
そのあたりから少しずつ、ふたりの歯車が噛み合わなくなっていったような気がするとミツコさんは言う。夜になると夫との会話を避けて、自室で音楽を聴いたり本を読んだりするようになった。夫には仕事がたまってきていると言い訳をした。
じっくりと話し合って
ゴールデンウィークに入るとミツコさんは逃げ場がなくなり、また夫の話を聞くはめになった。だが彼女はある日、きっぱりと言った。「私はカウンセラーじゃないから、あなたが満足できるような聞き方はできない。解決したいのであればカウンセリングにかかったほうがいいと思う。何度も同じ話を聞くのは私もつらい、と。どうせならもっと楽しいこと、前向きなことを話したほうがいいと思うとも言いました」
彼はそうだねと言いつつ、自分は明るいフリをしてきたけれど、実際にはそれほど前向きな性格ではない、これが素なんだと少し開き直った。
「これが素だから妻である私は全面的にそれを受け入れろということなのか、と聞きました。過去にとらわれて親兄弟を恨んでばかりいる人間を好きでいつづけることが私にできるかどうかわからないと思ったんです」
あなたはそのうち、私を恨むようにもなるのかもしれないと言ったら、彼は「そんなことはないよ」とつぶやいた。だが、ミツコさんは思ったのだ。近い関係にいる人間には、人は多かれ少なかれ救われもするが傷つけられもするものだと。
「夫婦であっても100パーセントうまくいくことはないし、彼にも私にもイヤな面はあると思う。それでも補い合って、一緒に歩んでいきたいと思えるかどうかが大事なのではないかと彼に伝えました。それからは、毎日、そういうことを話し合いましたね」
そしてつい最近、出した結論が“離婚”だった。ずっと話し合っているうちに、こんなに合わないふたりだったのかということが表面化し、どちらからともなく「いったん、結婚を解消しようか」ということになったのだという。
「今は非常時だから、この状態から脱したときに決めてもよかったんですけどね。だけど非常時だからこそ本当に向き合うこともできたのかもしれない。互いの日常が忙しくなれば、また、なあなあで生活していってしまう。それは結局、お互いのためにならない」
彼のことが嫌いになったわけではない、彼もミツコさんがイヤなわけではない。それでも一緒にいる「意味」が見いだせなくなったのだという。子どもがいない夫婦の場合、互いの存在の重要性だけが一緒にいる意味だから、そこが欠如したらもうやっていけないのかもしれない。
「私は学生時代からひとり暮らしをしていたので、またひとり暮らしに戻るだけ。あまり寂しいとは思っていません。むしろ、新たな生活にワクワクしています。彼とは元夫婦の友だちとしてやっていくつもり。いろいろな意味で出直すのも悪くないかなと思っています」
彼も離婚を決めてから、何かが吹っ切れたのか、少し明るくなっているという。ふたりが気づかないところでたまっていた夫婦関係の澱のようなものが一気に噴きだした「自粛期間」だったのかもしれない。