愛した彼が、母の元カレだと知って

母と同じ人を好きになった

世間は広いようで狭い。そして信じられないような偶然も起こり得る。どう対処すればいいのかわからないことが降りかかってくるのも人生なのだ。

 

奔放な母に反抗して

とある地方都市で育ち、現在は都内で暮らすカンナさん(35歳)は、母に対して複雑な思いをもっている。母は今、62歳。飲食店を営みながら元気に暮らしている。

「母は3度結婚して、3度離婚しているんです。私は2度目の夫の子。3度目の結婚でできた弟がいますが、彼は今、母とも私とも離れたところで暮らしています。うち、一家離散状態。私も母とは年に1度、会うかどうかという関係ですね」

結婚、離婚の間にも母には常にボーイフレンドがいたという。今もいるんじゃないですか、とカンナさんは突き放したように言った。

「底抜けに明るいんですよ、母は。いつも周りに男がいる。それでいて、別れた男とも友だちになってしまうから、誰にも恨まれない。決定権は常に母にある。去る者は追わず、来るもの拒まず。そういうところがあってたくましいなと思いますが、私は母とはまったく違う性格だと思います」

若いころのほうが今よりずっと母を嫌っていた。だから高校を卒業すると東京の大学に進学した。母は学費しか出してくれなかったので、生活費は自分で稼いだ。水商売でがんばったこともあるという。

大学を卒業して食品関係の会社に就職、地道に仕事をしてきた。何にでも真摯に取り組む姿勢が買われ、順調に昇格もしている。彼女自身は出世することに興味はないのだが、結婚にも関心がなかったため、結果的に仕事に集中することになったのだと苦笑する。

「母のことがあるので、結婚はもちろん、恋愛にもあまり興味はありませんでした。だから30歳を過ぎて、みんなが婚活といっても、私はそういう流れに乗ることができなかったんです」

大人になってからは母の人生を否定する気はなくなった。それでも、母のような人生を歩みたいとも思ったことはない。

 

心から好きだと思える人に出会えたのに

20代のころ、カンナさんは2度ほど恋愛をした。とはいっても、彼女に言わせれば「なんとなくつきあって、なんとなく週末に遊びに行くような関係」に過ぎなかったという。恋で身を滅ぼすことを怖れたので、恋愛にはのめり込めなかった。

そんな彼女が3年前に出会ったのが、15歳年上の男性だった。ときどき行くショットバーで何度か顔を合わせるうちに親しくなっていったのだという。

「最初からなぜか惹かれたんです。一目惚れなんてしたこともなかったのに。彼と一緒にいるといつもどきどきして、それでいて安心感があって。不思議な存在でした」

彼はフリーランスで芸術関係の仕事をしていた。若いころ結婚したことはあるものの離婚、それ以降は「根無し草みたいな生活」だと笑っていた。

「とんでもない男かもしれない、騙されるかもしれないと思いながらも彼への興味が尽きなかったんです。何度か会って、彼の家に行って。古びた洋館みたいなアパートに住んでいて、彼らしいなと思いました」

彼は出張も多かったが、東京にいるときは頻繁に会った。彼女は平日でも、彼に会いたくなると家へ行く。彼はいつでも心地よく受け入れてくれた。

そんなとき、珍しく弟が上京してきた。一緒に食事をしたあと、彼と出会ったバーへ行くと、たまたま彼がいた。

「弟が来ると言ってあったので紹介しました。その場では挨拶を交わしていたんですが、弟はなぜかすぐに滞在しているホテルへ帰ってしまったんです。そして翌日、弟から連絡が来て再度会うと、なぜか強硬に『ねえさん、あの男はやめたほうがいい』と言う。どうしてなのか聞いてもなかなか言わなくて。理由がわからなければどうにもできないと言うと、弟は小声で、『あの男、かあさんとつきあっていたんだよ』と。実は弟の父親であった、母の3番目の夫とは5年前に離婚しているんです。その離婚のきっかけが彼だったというんですよ。そんなことあるわけないと言いましたが、弟は、彼の詳細な仕事内容を知っていました。さらに尋ねると、弟が母の浮気を知って父親に進言、それで離婚に至ったそうです」

つまり、母が離婚するきっかけとなった不倫相手が、カンナさんが初めて心から好きになった男性だったのだ。年齢は母より一回り下だという。

「私が信用しなかったので、しまいには弟が怒り出して、彼に確認してみればいいって。なんだか気になったので、私は弟と別れて彼の家に行ってみました。そして母の名前を出したんです。3番目の結婚相手の名字です。私は母とは名字が違うので。すると彼、ひどくびっくりしていました。仕事で全国へ行くから、私の故郷の地方都市にも行ったことがあって、そのとき母と知り合ったみたい。ふたりとも真実を知って、どうしたらいいかわからなくなりました」

しばらく距離を置いて考えたいとカンナさんは言った。彼もうなずいた。1カ月ほどたち、カンナさんは彼に会った。

「この人が母を愛した人、母も彼を愛していた。彼の話によれば、母は離婚して彼と一緒になりたかったようです。ただ、彼のほうが結婚願望がなかったし、飲食店を一緒に経営してほしいという母の望みを叶えることはできそうになかった。それで別れたみたい。彼に再会したとき、どうしても後ろに母の影がちらついてしまうことに気づきました。彼のことは好きだけど、母親の幻影みたいなものがつきまとうのはやはり受け入れられなかった。彼も私のことを、あの女性の娘と思うと、今後どうしたらいいかわからないと言っていました」

結局、別れるしかなかった。事実を乗りこえる術がふたりにはなかったのだ。あのままつきあっていても、先にいいことがあるとは思えなかったとカンナさんは言う。それでも別れて2年近くたった今も、ときどき彼のことを思い出す。出会ったバーに、彼女はもう足を踏み入れていない。
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