人それぞれに思いがある
離婚を考えていても、なかなか実行に移せない女性たちは多い。協議を重ねれば経済的にはなんとか見通しが立ったとしても離婚に踏み切れないのは、子供が未成年だから。「うちはひとり息子なんですが、中学生のころから『離婚したほうがいいよ』と言ってくれていました。夫が浮気して家に女性が押しかけてきたこともあったので。私も離婚したかったけど、やはり息子が成人するまではと思っていましたね。今思うと、どうしてそんなにこだわったのかわからないんですが、未成年でひとり親になると、息子としても社会的に不利益をこうむるのではないかと思っていたような気がします」
サトコさん(48歳)はそう言う。ようやく離婚したのは、やはり息子が20歳になってから。オトナになるまで育て上げたという思いがあって初めて、自分たち夫婦を「解体」する気になったのだと彼女は苦笑した。
「子供が成人したら離婚」には、人それぞれ込める思いが違うだろう。それまで夫婦仲が悪くても我慢して、成人したらやっと夫から離れられると思う人、夫婦はそれぞれ自立したひとりの個に戻ったほうがいいと思う人、夫婦ふたりきりでは生活に楽しみがないから、子供がいなくなったら家庭は終わりと思う人、他にも解釈はあるかもしれない。
「いずれにしても、家庭に縛られて不自由な思いをしている女性が多いということではないでしょうか」
自らも子供が成人するのを待って離婚したアユミさん(50歳)。双子を育てる過程で、彼女は好きな仕事を辞めるしかない状況に追い込まれた。こともなげに「仕事辞めれば?」と夫に言われた日のことを忘れないと言う。
「夫が仕事を辞める選択肢もある、2人で働きながらベビーシッターに助けてもらう方法もある。双子の片方が体が弱かったから、結局は私が辞めるしかなかったかもしれないけど、でも話し合う余地はあったはず。話し合った結果、私が休職することもできたはず。だけど夫は私が辞めるものだと決めてかかっていた。そのとき、私はこの人と老後を一緒に過ごすのはイヤだとはっきり思ったんです」
それからは、子供たちが成人する時期に合わせて計画的に人生を送ってきた。自分のためのへそくりを貯め、子供の学資を貯めた。
「小学校に入ってからは弱かった子も元気になったので、ゆっくりと仕事を始めました。以前は土日も関係ないイベント関係の仕事で、それが大好きだったんですが、もうそうはいかない。最初はパートで、子供たちが中学生になってからは契約社員としてフルタイムで働きました」
アユミさんは、周りから見たら夫婦仲は悪くなかったのではないかと思っている。
「親戚に何かあれば2人で出かけたし、日常的には会話もありましたよ。だけど心の奥底で、私は夫を見限っていたので、それができたんだと思う。私はあくまでも表面的に揉めなければいいと思っていただけ。夫は何を言っても怒らない妻が居心地よかったんじゃないでしょうか」
いちはやく夫を諦め、見限った妻は、つまりは夫に関心をもたなくなったのだ。無関心であれば、表面的にはうまくやっていけるのかもしれない。相手に期待するから腹が立つのだ。
突然の離婚申し出に夫の涙
だから当然、双子の子供たちの誕生日翌日に離婚届を突き付けた妻に、夫は驚いた様子だったという。「夫の第一声は『どうして?』でした。想定内(笑)。子供たちはまだ大学生だったけど、でも成人したのだから、もうそれぞれでやっていけるはず。私は子供が生まれてすぐから離婚を決めてやってきたと話しました。夫は目にいっぱい涙をためてた。それでも信じられない様子でした」
引っ越し先を見つけてすぐにも出ていくと言った彼女に、夫はゆっくり話し合おうと言った。だが彼女は20年も考え続けてきたのだ。自分の気持ちは変わらないと告げた。子供たちの20歳の誕生日を祝った日に、彼女のそれまでの緊張の糸がぷつりと切れたのだ。夫の顔を見るのもイヤになっていた。
1カ月もたたないうちに、彼女は新しいアパートに引っ越した。1人で暮らすつもりだったから、1LDKの小さな部屋だ。ところが子供たちが毎日のように入り浸る。夫は自宅でほとんど1人だったようだ。
「その後、夫が自分がアパートに住むからと言い出して、私と子供たちは自宅に戻りました」
別に住んではいるが、実はまだ離婚届を提出していない。夫がどうしても出したくないと言い張っているのだ。
「離婚しなくても、今のところは支障はない。ただ、来春になると子供の1人は社会人になるし、もう1人は大学院生。そうなったら本当に離婚したい。夫にはそう言ってあります」
彼女の20年に渡る計画は着々と進んでいるが、もう一波乱くらいはありそうだ。