アールデコ、アールヌーボーは、それぞれ有名なデザイン様式
「アールデコ」という言葉は、インテリアや建築・アート系の雑誌をパラパラめくっていると、目にすることも多いのでは。おしゃれっぽいけれど、いったいどんなデザインなのかピンと来ないという人も多いでしょう。似たような名前のデザイン様式に「アールヌーボー」もありますが、その違いも気になるところです。今回は、インテリア・建築デザインガイドの喜入時生さん監修のもと、アールデコ、アールヌーボーの特徴や歴史、2者の違いについてなどを、わかりやすくご説明します。
アールデコとは、どんなデザイン様式?その特徴や歴史
アールデコとは、19世紀末にフランスで始まり、20世紀の始めにヨーロッパ・アメリカで花開いたデザイン様式です。世紀の終わりになると、アートの世界では「何か新しいものを!」という動きが出てくるのが常ですが、このアールデコも、それまで主流だったアールヌーボーとは別のものを、という動きから生まれた様式です。美術の世界では、グスタフ・クリムトらウィーン分離派による革命運動、またイギリスのウィリアム・モリスが生活と芸術の統一を謳ったアーツ&クラフツ運動、機能主義を唱えるドイツのバウハウス派の運動など、改革の動きが盛んに行われた時代でした。
アールヌーボーについてはまた後ほど触れますが、それまで装飾の繊細な美しさに主眼が置かれていたものが、アールデコでは機能性や工業化というところにポイントが置かれるようになっていきます。この背景には近代デザインの基礎を作ったバウハウス派の影響も見られますが、アールデコは量産可能なデザインになっていくのです。
その特徴は、○や△や□といった幾何学的な形と直線、あるいは流体力学の理論に基づいて作られた、船などに使われる流線型デザイン。また、パキッとしたコントラストの強い色合いも特徴です。
アールデコの発祥として有名なのは1925年開催のパリ万国装飾美術博覧会ですが、代表的な建築物はアメリカに残っています。有名なクライスラー・ビルディングやエンパイア・ステート・ビルディングといった高層建築がアールデコ様式を取り入れ、アメリカのデザインに大きな影響力を発揮しました。
アールデコとは、どんなデザイン様式?アールデコとの違いは?
アールデコの前にあったデザイン様式が、アールヌーボーです。アールヌーボーはパリを中心に栄えており、花などの植物、つまり有機物を模した繊細なデザインが特徴です。有名なのはパリの地下鉄の入り口で、植物モチーフの曲線的な装飾がふんだんに施されています。ベルギーでは、このくねくねとした曲線的なデザインから、アールヌーボーを「ウナギ様式」と表現していました。このアールヌーボーは、日本の美術の影響も受けているといわれています。トンボや花などの模様や、浮世絵などの影響を受けて、ヨーロッパで1つのデザイン様式として成立していった流れがあるのです。
こうした装飾性の高い、職人技が光るアールヌーボーとは違い、新たに生まれたアールデコは、工業的なデザインとなっています。繊細で優雅、高貴なデザインから、モダンで低コスト、単純な模様に派手な色使いといったものへと潮流が変化していったのです。簡単に言えば、簡単に言えば、ヌーボーは手工芸品、デコは機械で作られた工業製品というイメージです。
アールデコをイメージしやすいのは、2013年に公開されたレオナルド・ディカプリオ主演の映画『華麗なるギャッツビー』でしょう。ここに出てくる建築様式、ファッションなどは、まさにアールデコのオンパレード。映画ポスターのデザインも、ザ・アールデコといったものになっています。ポスターなどのタイトル文字にしても、整然とした直線・曲線からデザインされた、インパクトの強いアールデコ・フォントが使われています。 また、このアールヌーボーとアールデコが混ざったデザインも多く存在します。ウィーンのセセッション館はアールヌーボーの繊細な装飾がありつつ、デコの幾何学的なデザインを多く取り入れた融合的なデザインとなっています。このセセッション館の流れを汲んでいるのが、日本では外苑前にある聖徳記念絵画館。中央にドームを配した左右対称のデザインで、内部装飾にもところどころアールデコを感じられます。
アールデコの建築
アールデコの代表的な建物といえばニューヨークの摩天楼と言われていますが、もっとわかりやすいのが、マイアミビーチの街並みです。ここにはアールデコ様式の築100年近いレストランやホテルがずらり。いずれも幾何学的で派手なデザインと、鮮やかなパステル色の建物が特徴で、街並みそのものが観光客の目を引いています。日本でアールデコの建物と言うなら、東京都庭園美術館が代表的でしょう。外観はすっきりとしたモダンスタイルですが、内装はデコの要素がたっぷりです。正面玄関ガラスとレリーフ扉、また大客室と大食堂のシャンデリアは、フランスのルネ・ラリックによるもの。彼はアールヌーボーとアールデコ両方の分野で活躍したフランスの有名なガラス工芸家です。
東京都庭園美術館で特に見るべきは「ブカレスト」と名付けられた豪華なシャンデリアで、植物の葉をギザギザとした機械的な模様で表現した、デコの要素たっぷりのデザインとなっています。ほかにも、内装にはいたるところにアールデコのデザインが見受けられます。
また東京・御茶ノ水にある山の上ホテルの外観デザインも、アールデコの雰囲気満点です。
アールデコの家具・インテリア
家具やインテリアの分野では、アイルランド生まれのアイリーン・グレイによるデザインが有名です。特に初期の頃はアールデコの作風が多く見られます。中でも有名なのは、タイヤを3つ積み重ねたようなデザインの「ビベンダム・チェア」やサイドテーブル。サイドテーブルはニューヨーク近代美術館の永久コレクションにも収められています。アールデコのインテリアの特徴としては、壁や床などの模様なら直線や曲線を取り入れた模様が連続して組み合わさっているもの、椅子やソファであれば曲線や流線型のインパクトあるデザインを効果的に取り入れているもの、というイメージになります。市松模様の床は、アールデコのインテリアの代表です。
アールデコの美術
美術の分野で有名なのは、まずポーランド人の画家タマラ・ド・レンピッカ。幾何学模様を使った記号的表現や、色彩のコントラストの強さなど、アールデコ様式の作品を多く残しています。また、フランスのグラフィックデザイナー、アドルフ・ムーロン・カッサンドルもアールデコを代表するひとりです。カッサンドルは、前述のアールデコ・フォントもいくつか手がけています。
美術分野におけるアールデコは、絵画というよりも、広告ポスターなど商業物に使われるような、コントラストのはっきりしたインパクトのあるグラフィックデザインがイメージしやすいと思います。
アールデコのファッション
アールデコの革新的なデザインをファッションに取り入れたのが、ココ・シャネルです。それまで社交界のファッションといえば、ふわふわと広がるスカートに華美な装飾をほどこしたドレスが主流でしたが、それも次第にアールデコの影響を受け、直線的でスッキリとしたしたスタイルへ変わっていきます。エレガントで華やかなファッションから、モダンで実用的なデザインが女性たちの憧れとなる時代を作ったひとりが、ココ・シャネルです。それまでは喪服や高齢の女性が着るイメージだった黒のドレスも、ココ・シャネルによって、女性を美しく見せるおしゃれなドレスとして流行していきました。
前述の映画『華麗なるギャッツビー』で、登場する社交界の女性たちを見ても、キリリとしたショートカットの髪型やドレスから、アールデコのファッションが感じられると思います。ジャズエイジにおけるニューヨークの社交界では、ちょっとアバンギャルドな富豪たち、今でいうパーティーピープルたちが、「今イケてるのはこれ」とアールデコを広める役割を果たしていったのです。
このように、アールデコは建築のみならず、工芸、美術やファッションにも大きな影響を与え、それぞれの分野で代表的なクリエイター、アーティストが登場してきます。そして現代でもなお、おしゃれなデザインのアイコンとして語られ続けているわけです。