レースクイーンを取材・撮影して記憶に残った娘34人!

レースクイーン一覧

記憶に残るレースクイーンたち

早いもので私がガイドになって17年。スーパーカーブーム世代でコミック「サーキットの狼」に心躍らせていた小学生が、まさか大人になってレースクイーンを撮ることになるなんて夢にも思いませんでした。

今回はアラフィフになった私が年代ごとに記憶に残っているレースクイーンをピックアップ。その娘の素晴らしさを振り返りつつ、当時のレースクイーン事情や取材こぼれ話などをお伝えできればと思っています。お宝画像も満載ですので是非、最後までご覧下さい(レースクイーン個人名の表記は現役当時のものです)。

レースクイーンって何!? 今さら聞けない基本

その前にレースクイーンは何となく知っているけど詳しく知らないという方に概要だけ簡単にご説明しておきましょう。

発祥は1984年の「鈴鹿8耐」と言われています(諸説あり)。そこでスポンサーロゴが入った水着の女の子をとあるチームが立たせ、それが波及。サーキット限定のキャンペーンガールが誕生しました。

世間的に存在を決定づけたのは89年。のちにバラエティタレントとして活躍する岡本夏生さんがパラソル、ハイレグ、ハイヒールを身にまといでテレビに登場。その刺激的な出で立ちがブームに火をつけました。

おりしもバブル全盛期。企業は税金対策のため湯水のように広告宣伝費を使い、モデル事務所から綺麗な娘を集めまくりました。今では考えられませんが、ファッション誌の専属モデルがレースクイーンを兼任することも珍しくなかったのです。

ポテンシャルの高い娘が集まりマスコミも注目すれば将来も華々しいもの。卒業後はタレント、歌手、女子アナとして活躍する娘が数多く現れ、レースクイーンは芸能界の登竜門のようになって行きました。今でいう読者モデルのような位置づけです。

第二次レースクイーンブーム到来!

しかし、そんなレースクイーンもバブル崩壊とともに徐々に衰退して行きます。再び脚光を浴びたのは96年ごろ。テレビ東京で放送が始まった「出動!ミニスカポリス」に当時人気だったカモメレーシングチームのレースクイーン3名が大抜擢されました。TBSでは深夜の情報番組「ワンダフル」にレースクイーンが多数出演。テレビ朝日の「トゥナイト2」では頻繁にレースクイーンが取り上げられました。

鈴木史華さん、相沢真紀さん、片石貴子さん、須之内美帆子さん、七森美江さん、吉永千夏さんといった面々が深夜番組を足がかりにブレイクして行きます。中でも鈴木史華さんはそれまで高飛車で近寄り難かったレースクイーンのイメージを一新。優しい顔立ちと抜群の記憶力でファンを次々と認知。身近な存在になることで人気を博しました。

第三次レースクイーンブームを牽引したのは吉岡美穂ちゃん!

第二次レースクイーンブームが去ったあと、少し間を置いて2001年から第三次レースクイーンブームがやって来ます。当時レースクイーン界を牽引したのは吉岡美穂ちゃん。彼女はグラビア誌や撮影会を中心に人気を獲得して行きます。

今でこそAKB48のような人気グループが握手会を開催したり、地下アイドルやご当地アイドルなどアイドルが身近な存在になっていますが、この頃直に話ができて写真が撮れる存在はレースクイーンくらいしかいませんでした。身近なアイドルはレースクイーンの専売特許だったのです。

そのためレースクイーンもかつてのような綺麗だけど近寄りがたい娘よりも、フォトジェニックで親近感を持たれる娘の方がファン受けするようになって行きます。その最たる存在が吉岡美穂ちゃんと、人気を二分した牛川とこちゃんです。デビューと同時にブレイクした吉岡美穂ちゃんに対して着実にファンサービスを積み重ねてきたのが牛川とこちゃん。タイプは異なりますが、身近な存在としてファンに親しみを持たれていたことは共通しています。
第三次レースクイーンブームを牽引した吉岡美穂

第三次レースクイーンブームを牽引した吉岡美穂

地道な努力でトップに上り詰めた牛川とこ

地道な努力でトップに上り詰めた牛川とこ

後にグラビアアイドルとして一世を風靡する森下千里

後にグラビアアイドルとして一世を風靡する森下千里

 

2001年、矢沢サーキットデビュー!!

一方、その頃の私はというと田舎の会社勤めをしていました。95年、インターネットに触れ、その可能性に惹かれるようになります。そこで30歳の節目に脱サラ。All Aboutのガイド募集に応募し、レースクイーンガイドになります。

なぜ、レースクイーンだったのか?今だから言えることですが、すべて戦略的でした。当時の私はレースクイーンのことを殆ど知りませんでした。ただ、ネット上に散在するファンサイトの多さから潜在的なファンが数多くいるのは確か。それらの情報をひとまとめにし、さらに自分自身でもオリジナル写真をアップできれば最強の情報サイトにできると思ったのです。

しかし、ここで壁にぶち当たります。私はレースクイーンのことも知らない上、カメラを握ったこともなかったのです。ファンの人たちがバズーカのようなレンズをつけているのにマスコミがそれに負けるわけには行かない。とりあえず中古で一眼レフとレンズ3本を買って形だけ整えました。言わばハッタリから全てが始まったのです。


2001年/インリン・オブ・ジョイトイ・小野寺皐

インリン・オブ・ジョイトイ/2001年

インリン・オブ・ジョイトイ/2001年

インリン・オブ・ジョイトイ/2001年

インリン・オブ・ジョイトイ/2001



 
いよいよ本題。ここからは年代ごとに印象に残ったレースクイーンをご紹介して行きます。2001年は先にも述べた吉岡美穂ちゃんや牛川とこちゃん、彼女ら以外にものちにグラビアアイドルとしてブレイクする森下千里ちゃんや堀口としみちゃん等がサーキットで圧倒的な人気を博していました。


そんな中、強烈だったのがインリン・オブ・ジョイトイ。このあとすぐエロテロリスト、M字開脚の女王として独自路線を進む彼女も1年だけレースクイーンをやっていたのです。しかも、吉岡美穂ちゃんと同じチームで。印象が強烈だったのはサーキットで始めて撮影したのがインリンだったという個人的な理由によります。

先に言ったように初心者丸出しだった私に彼女は強烈過ぎました。コスチュームはもうはち切れんばかり。ボリューミーなプロポーションに愛くるしい表情。完全にノックアウトされました。
  


小野寺皐/2001年

小野寺皐/2001年

小野寺皐/2001年

小野寺皐/2001年


 
もうひとりは小野寺皐ちゃん。この年「HIROTO」のレースクイーンはコスチュームの露出もさることながら、美形ぞろいで人気を博していました。

派手でゴージャス系な顔立ちの娘が集まっている中、彼女だけ控えめな美しさがあり逆に興味をそそられました。清楚なイメージとコスチュームのギャップに萌えたことを覚えています。 


2002年/若槻千夏・須藤寛子

若槻千夏/2002年

若槻千夏/2002年

若槻千夏/2002年

若槻千夏/2002年


 
この頃「GT選手権」(現・SUPER GT)には各チームを応援するレースクイーン以外にレース全体のイメージガールが存在しました。この年、その役割を務めたのがメンバー4人の頭文字を取って名付けられたユニット「with」。

その中に若槻千夏ちゃんがいたのです。当時17歳。「with」目当ての新規ファンが多数サーキットに押し寄せ、スタート前のグリッドウォークが騒然となることもありました。デビュー当初からそのくらい注目されていたのです。
 


須藤寛子/2002年

須藤寛子/2002年

須藤寛子/2002年

須藤寛子/2002年


 
もう1人は須藤寛子ちゃん。彼女を知ったのは2001年の東京オートサロン。笑顔満開のコンパニオンの中で、ひとり凍りつくような冷たい視線を投げかけていました。

その年、レースクイーンに転身した彼女はレースクイーン界に喝を入れるかのような存在。可愛らしく親近感を覚える娘が人気者になって行く中、かつてレースクイーンのイメージだった高飛車で近寄りがたい雰囲気を醸し出し(本当は姐御肌のいい人です) 往年のファンを次々と従えて行きます。そして、あっという間にトップレースクイーンに。私も彼女を撮るのが楽しみでした。


そんな私はこの年にフィルムカメラからデジタル一眼レフに持ち替えました。デジタルは現場で画像を確認できたり、枚数を気にしないでシャッターが切れたりする便利さがある反面、画角が大きく変わったり、ホワイトバランスなど映像の知識がスチールでも必要とされるようになり、戸惑ったことを覚えています。



2003年/坂間恵・諸岡愛美

坂間恵/2003年

坂間恵/2003年

坂間恵/2003年

坂間恵/2003年


 
冒頭で記しましたが、私はレースクイーンガイドになるまでレースクイーンにそれほど詳しくはありませんでした。とは言え、無勉強で業界に飛び込んだ訳ではありません。雑誌やネットで当時活躍するレースクイーンをチェック。

その中でダントツ美脚だったのが坂間恵ちゃんでした。生で見た彼女の脚は本当に惚れ惚れするもの。ファインダー越しに見とれながらシャッターを切ったものでした。



諸岡愛美/2003年

諸岡愛美/2003年

諸岡愛美/2003年

諸岡愛美/2003年


 
諸岡愛美ちゃんは前年に「スーパー耐久レース」のイメージガールとしてサーキットデビュー。大型新人として様々な媒体から注目されていました。この年「ZENT sweeties」として「GT選手権」デビュー。

グラビア体型と愛嬌のある性格でまわりから好かれ、卒業後はTBS「王様のブランチ」でレポーターとして活躍しました。

個人的に印象に残っているのは目がとても光に強いこと。屋外での撮影ではレフ板というものを使って光を被写体に向けて反射させます。中には眩しくて目を開けていられない娘もいるのですが、彼女は強烈な光を当てても目を閉じることはありませんでした。屋外で人前に立つレースクイーンにとって光に対する強さはかなり大事な要素だと彼女を通して知りました。



2004年/田中かおり・鈴木杏奈

田中かおり/2004年

田中かおり/2004年

田中かおり/2004年

田中かおり/2004年


 
02年ごろからモデル、コンパニオン事務所以外にテレビで活躍するタレントが所属する芸能プロダクションがレースクイーン界に参入してくるようになりました。

その先駆け的な存在が田中かおりちゃんです。この年、彼女はレースクイーン3年目。身長はそれほど高くはありませんでしたが、抜群のスタイルバランスと端正な顔立ち。そして関西弁が大きな魅力でした。



鈴木杏奈/2004年

鈴木杏奈/2004年

鈴木杏奈/2004年

鈴木杏奈/2004年


 
鈴木杏奈ちゃんは知る人ぞ知るレーザーラモン・HG夫人(現・住谷杏奈)です。レースクイーンとしては開幕戦のみのスポット参戦でしたが、とにかく良くできた娘でした。帰りに岡山空港から出る便はほぼレースクイーン御一行様。その中で彼女は私を見つけると深々とお辞儀。取材したとは言え撮影は2分で会話は挨拶くらい。その程度の相手でも顔をしっかり覚え、関係者ばかりの中でもしっかり挨拶をする。新人でそこまでできる娘はなかなかいません。

そんな彼女の性格をさらに裏付けるエピソードがあります。その後ミニスカポリスになった彼女。お披露目取材を終え帰ろうとする私を見つけると、1人でわざわざ玄関まで駆け寄って来て「ありがとうございました!」と丁寧に挨拶。出演者でそんなことをするのは彼女だけでした。結婚後、入院した旦那を支え実業家として財を成した時も、驚きよりもむしろ彼女らしいな……と妙に納得したものでした。



2005/真崎麻衣・鈴木礼央奈

真崎麻衣/2005年

真崎麻衣/2005年

真崎麻衣/2005年

真崎麻衣/2005年


 
実は私、レースクイーンガイドになる前、レースクイーンの撮影会がどんなものか、一度だけプライベートで参加したことがあります。その時モデルの1人としていたのが真崎麻衣ちゃん。エキゾティックな顔立ちと小麦色の肌。引き締まったプロポーションがどストライクだったのですが、なぜか上手く撮れませんでした。そんな「負け感」が取材する側になった時に「今度は彼女を綺麗に撮ってやろう」というモチベーションに繋がりました。この時すでに4年が経過しています。


鈴木礼央奈/2005年

鈴木礼央奈/2005年

鈴木礼央奈/2005年

鈴木礼央奈/2005年


 
毎年サーキットには原石が転がっています。それを見つけ輝かせるというのもマスコミの腕の見せどころです。05年の鈴木礼央奈ちゃんは正に原石そのものでした。「フォーミュラーニッポン」(現・SUPER FORMULA) に新人レースクイーンとして立っていた彼女はうっかりしていると見過ごしてしまうような存在。

しかし、撮影してみて娘は行ける!と踏んだ私はなりふり構わずプッシュ。翌年「SUPER GT」の人気チームの一員となり「レースクイーンアワード」グランプリ、翌々年には「SUPER GT」のイメージガールとしてトップレースクイーンに上り詰めていきました。もちろん彼女の頑張りや周囲の後押しもあってのことですが、人気者が出来上がっていく過程で一役を担えた喜びは彼女を通して得たものでした。



2006年/夏菜・山崎みどり

夏菜/2006年

夏菜/2006年

夏菜/2006年

夏菜/2006年


 
レースクイーンの人数、レベル的に「SUPER GT」が中心であることは確かなのですが、バイクレースにも逸材は存在します。その1人が夏菜ちゃん。

スズキ系のワークスチームに所属していた彼女はレースクイーンというよりアナウンサーにいそうな雰囲気を醸し出していました。レースの仕事よりCMモデルや女優業が主軸だったことから、レースクイーンとしてはブレイクしませんでしたが、記憶に残る1人です。


山崎みどり/2006年

山崎みどり/2006年

山崎みどり/2006年

山崎みどり/2006年


 
この10年を語る上で山崎みどりちゃんの存在は欠かせないでしょう。05年に「ZENTsweeties」としてレースクイーンデビューした彼女はあっという間に人気者に。その年の「レースクイーンアワード」で新人賞を獲得します。

個人的に強烈だったのは写真の「JOMO」のコスチューム。こんなセクシーなコスチュームをカッコよく着こなせるのは彼女しかいません。当時はまだギャルっぽさが残っていましたが、仕事ぶりは素晴らしく、キャリアを重ねるに連れ彼女に憧れるレースクイーンが激増して行きました。正に牽引役だったのです。
 


2007/中山エリサ・実はる那

中山エリサ/2007年

中山エリサ/2007年

中山エリサ/2007年

中山エリサ/2007年


 
「フォーミュラーニッポン」開幕戦で目に止まったのが新人レースクイーンの中山エリサちゃんでした。チームが「SUPER GT」にも参戦していたので2カテゴリを股にかけ活躍していた彼女は抜群のプロポーションを活かしグラビアでも活躍。

私も水着姿を幾度となく撮らせて頂きましたが、それはもう芸術品のようなものでした。そんな彼女はこの年、下着メーカートリンプのイメージガールにも大抜擢。レースクイーンとしては短命でしたが、印象深い娘でした。



実はる那/2007年

実はる那/2007年

実はる那/2007年

実はる那/2007年


 
この年、大手プロダクション「ホリプロ」の大阪支社がレースクイーン業界に参入。中でも目に止まったのが実はる那ちゃんでした。一見ハーフのようなエキゾティックな顔立ちと褐色の肌。それが「AUTECH」の白いコスチュームにとても映えていました。撮ってみると可愛らしい表情もカッコいいポーズも様になる。夢中になってシャッターを切ったものでした。

他の娘とあまりに枚数に差があったため、チームの女性担当者に「矢沢さん、はるちゃんばっか撮り過ぎ!」と突っ込まれたことも。彼女がサーキットにいた4年間は彼女を撮るのが楽しみで行っていたと言っても過言ではありません。



2008年/大矢真夕・森木美和

大矢真夕/2008年

大矢真夕/2008年

大矢真夕/2008年

大矢真夕/2008年


 
レースクイーンはたとえ新人でもネットで名前検索すると何かしらの情報が出てきます。ところが、大矢真夕ちゃんがデビューした06年当時、彼女の情報は一切出てきませんでした。謎が深まればそれだけ興味をそそられるもの。しかも、これだけの美貌ですからなおさらです。

追ってSNSが立ち上がり他の娘と足並みが揃いましたが、私と同じように注目していたファンは多かったようで、
一躍人気レースクイーンに。写真の08年当時はカリスマ的な人気を誇っていた山崎みどりちゃんと同チームで人気を二分するほどでした。そしてこの年「レースクイーン・オブ・ザ・イヤー08-09」を受賞。納得です。


森木美和/2008年

森木美和/2008年

森木美和/2008年

森木美和/2008年


 
「RAYBRIGレースクイーン」を3年間(07~09年)務めた森木美和ちゃんも記憶に残るレースクイーンです。身長171センチというモデル体型もサーキットで目を引きましたが、特に清潔感、透明感は群を抜いていました。名門チームのレースクイーンを3年間(07~09年)務めたのも納得です。卒業後はモデルとして活躍。レースクイーン出身で一番テレビCMに出ているのではおそらく彼女でしょう。 


2009年/森田泉美・菜々緒

森田泉美/2009年

森田泉美/2009年

森田泉美/2009年

森田泉美/2009年


 
レースクイーンに限ったことではありませんが、ファインダー越しに見た時、実物より数段輝いて見える娘がいます。いわゆるフォトジェニックな娘です。森田泉美ちゃんが正にそれ。写真を撮った09年は彼女にとってキャリア3年目。こちらもそれだけの回数を撮影しているのですが、いつも新鮮な驚きを与えてくれた娘でした。

水着グラビアも撮らせてもらいましたが、こんなにスレンダーなのに巨乳というギャップもグッド。思いがけない贈り物をもらったような気分でした。


菜々緒/2009年

菜々緒/2009年

菜々緒/2009年

菜々緒/2009年


 
出ました。菜々緒ちゃんです。私の取材歴の中、いや、人生の中で最も大きな存在と言っても良いでしょう。レースクイーン1年目のエピソードだけでも数え切れませんが、実は私、彼女がレースクイーンとして採用されるオーディションの場に立ち会っていたのです。

最終審査に残った娘の中でもダントツの素材。そこで所属事務所にお願いしてプロフィール写真を撮らせてもらいました。その写真を元に彼女は雑誌PINKYモデルオーディションで「プリンセンスピンキー」で準グランプリ、「
三愛水着キャンペーンガール」、東京ガールズコレクションの新人モデルオーディション「ミスTGC」グランプリと、わずか1年の間に次々とタイトルを獲得。

特に「ミスTGC」のでは発表の場を取材していたこともあり、彼女の名前が呼ばれた時には身内が受賞したかのような高揚感がありました。その頃から逸材だと思っていましたが、まさか今ほどの活躍を見せるとは夢にも思いませんでした。


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