最後のピュア自然吸気パワートレイン搭載モデル!?
V12エンジンをフロントミッドに積むFRの2シータークーペ。実をいうと、フェラーリのフラッグシップモデルは伝統的にこの形式を踏襲してきた。ミッドシップレイアウトのいかにもスーパーカー的なイメージが強いのは、V8ミッドシップモデルが最も人気であることと、過去に一時期だけ12気筒ミッドシップモデルを旗艦においた時期があって、それがスーパーカーブーム世代の印象に強く残っているからだろう。今、クルマ趣味に最も熱心な40歳台後半から50歳台前半のスーパーカーブーマーたちにとって、ベルリネッタボクサーはカウンタックと並ぶ“時代のヒーロー”だった。
とまれ、フェラーリがミッドシップカーを旗艦モデルとしていたのは、基本のコンセプトを一にするBB&テスタロッサ時代の20年間のみのこと。それ以前と以降に関していえば、特別な限定モデル(=スペチアーレ、F50やエンツォなど)を除き、フェラーリのトップ・オブ・ブランドといえばV12のFR2シータークーペ、なのである。
2017年春のジュネーブショーにおいて、フラッグシップ・フェラーリの更新が発表された。従来のF12に代わって、812スーパーファストがデビューしたのだ。
車名の数字は、800馬力の12気筒を意味している。スーパーファストは往年の名馬(クラシック・フェラーリ)から引き継いだ。衝撃的だったのは、800馬力という数字もさることながら、それが自然吸気エンジンで達成されたという事実のほう、だった。流行りのターボや電気モーターのアシストを借りずに達成した、途方もないスペック。そして、これが最後のピュア自然吸気パワートレイン搭載モデル、というのが、もっぱらのウワサとなっている。
そんなこんなで、発売前にして812スーパーファストの人気はすさまじく、車両本体価格約4000万円、ステキなオプションをアレコレ選んで軽く乗り出し5000万円オーバー、という高額車両であるにも関わらず、納車待ちの行列は日に日に長くなっていくばかり、らしい。
フェラーリFR史上最強のV12×後輪駆動
注目のV12エンジンは、F12用に比べて排気量を200ccアップして6.5Lとし、トルクスペックもほぼ全ての回転域において向上させている。そのほか、ガソリンエンジン用としては異例に高圧の350bar直噴トリプル・インジェクションシステムやF1テクノロジーの連続可変長式インテークマニホールドを採用するなど、伝統の12発を最新技術で磨きに磨きぬいた。そうして、フェラーリFR史上最強のエンジンが誕生した。マトモに考えて、後二輪駆動に800馬力は、ありえない。フツウは躊躇うことなく四駆システムを採りいれることだろう。けれどもマラネッロは、あえて後輪駆動にこだわった。なぜなら2シーターFRはブランドの頂点であり、リアルスポーツカーの立ち位置を崩すわけにはいかなかったからだ。
そのために、エアロダイナミクスにも力を入れたし、様々なシャシー&ステアリング制御テクノロジーも812には投入されている。
なかでも、フェラーリ初導入となる電動パワーステアリングが今回のハイライトと言っていい。最新フェラーリ各モデルには、SSCと呼ばれる統合シャシー制御システムが搭載されている。458スペチアーレに初搭載されて以後、モデルごとに進化を果たしてきた。812用はその第5世代(SSC5.0)にあたり、電動パワーステアリング+後輪操舵を得たことによる新たな機能が付加されたのが特徴だ。
812スーパーファストのコンセプトは、F12の高性能版として限定生産されたF12tdfのパフォーマンスレベルはそのままに、“毎日乗れるGT”としての性能も担保すること、になった。要するに、800馬力のFRを楽しむ、というピュアスポーツカーの側面と、乗り心地や操作性を重視する実用GTカーらしさといった、スポーツとは相反する側面との両立を、SSC5.0をよりどころに計ったと言っていい。
具体的には、「ピーク・パフォーマンス・アドバイザー」制御が衝撃的だった。これは、コーナリングの最中に、SSCシステムの限界に至るまでのプロセスを、電動ステアリングのトルク変化によってドライバーに伝えつつ、駆動トルクも綿密に制御して、操舵フィールの向上とより素早いコーナリングを実現するというもの。パワーオーバーステア状態になっても、パワーステアリングと縦方向加速の両トルク制御により、ドライバーはスピンに陥る手前のスイートスポットを車体からより積極的に教えてもらいつつ、コーナーを切り抜けることができる、という魔法のようなシロモノだ。もちろん、プロにとっては“おせっかい”かも知れないが、後二輪駆動の800馬力FRなどというパッケージは、プロだって失敗しかねない領域にあるから、やはり有効というべきだろう。
“800馬力を自在に操っている”かのような
エアロダイナミクスも向上。フロントディフューザーには、200km/h以上でフラップが開くパッシブ・エアロデバイスを採用。リアディフューザーには3枚のアクティブ・フラップを装着、フラップを閉じることでドラッグが軽減する
その一方で、タウンライドのライドテイストは、これまでの2シーターFRモデルとは一線を画するフィーリングに変わっていた。感覚的にはGTC4ルッソの12気筒四駆モデルに近い、どっしりとした走りっぷりである。メカニカルグリップを確保すべく(そして、そのぶんのデメリットは電動パワーステアリングでカバーしつつ)前輪に275という極太サイズのタイヤを履いていることも影響しているのだろう。F12や599のように、前輪がとにかく動きたがってしょうがない、という独特の軽やかな手応えが消えて、まるでドイツ製高性能モデルのように落ち着いた動きを前アシがみせた。市街地など特に低い速度域では多少、野暮ったい電動パワーステアリングの反応もあったが、それ以外の領域では概ね良好である。
多くのオーナーは、このクルマの途方もない真の実力など試すことなく、豪華なグランツーリズモとして楽しむことだろう。けれども、実際に試すかどうかは最早、関係なく、その気になればできるかどうか、が大事な価値になっている。その事実もまた、“未来のクルマ”への第一歩なのかも知れない。