リハビリ効果を出すためには脳科学の知識が重要
効果的なリハビリのためには脳科学の知識が重要になります
脳卒中の後遺症である麻痺のリハビリというと、「一生懸命、筋力を鍛える」「頑張ってたくさん歩く」という印象があるようです。しかし、実際に麻痺を持つ方からは、「毎日、たくさん歩いていますが、なかなか歩けるようになりません」など、努力しているのに回復が得られない悩みがたくさん聞かれます。解決の糸口は脳科学にあります。今回は、脳卒中のリハビリを効果的に進めるための3つのポイントについて、脳科学の研究と具体的な方法にわけて解説します。
ポイント1 麻痺側の手足を日常生活で多く使用する
麻痺側の手足を使わないとさらに動きにくくなる危険性があります。使いにくい方の手足の動作を日常に取り入れることが大事です
そのひとつに、良い側の手足をつかって日常生活の動作を取り戻していく方法があります。使いにくい麻痺側の手足を使わずに、麻痺していない良い側の手足をつかうことで早く日常生活の動作ができるようになることを目的としています。利き手が麻痺してしまった際に、「字を書ける」という目的を早く達成するために、元々利き手ではなかった方の手で字を書くリハビリをすすめることがこれにあたります。
入院日数が限られている中で、早さを求めることは大切なことではあります。しかしながら、麻痺の回復には麻痺側の手足をたくさん使うことが大切であることが脳科学の研究を通じて明らかになっています。
その代表的な研究が1984年にMerzenichが発表した論文です。その論文では、「サルの中指を切断する前後で、脳の中で指を動かした際の働く場所を検査した。すると、切断前に脳の中で中指の働きをしていた場所が、切断後は他の切断していない指の働きへと置き換わっていた」と説明しています(参考文献1)。専門的にはこの現象を不使用の学習と呼んでいます。
つまり、麻痺による使いにくさがあることで、日常生活の中で麻痺側の手足を使わなくなると、脳の中でその手足の場所はなくなるか小さくなってしまい、さらなる使いにくさにつながってしまう危険性があるのです。そのため、不使用の学習を予防し、改善させていくためには麻痺側の手足を日常生活の中でたくさん使うことが大切となります。
ポイント2 効果が出るように運動の難しさを調整する
リハビリ効果を出すためには、運動の難しさの調整が不可欠です
脳科学の研究によると、効果的なリハビリのためには運動の難しさの調整が大切であることがわかっています。2000年のPlautzらの研究によると、「サルがエサをとる運動をした際の脳の変化を計測したところ、運動の難しさの調整をせずに単純にエサをとることを繰り返した場合は、脳における運動に関わる部位の変化は起こらなかった。一方、運動の難しさの調整をしたうえでエサをとる運動をした場合は、脳における運動に関わる部位の変化が生じた」と説明しています(参考文献2)。
つまり、「たくさんリハビリをしているけど、変化が出ない」という状況は、リハビリをしている運動が難しすぎるまたは、簡単すぎるといったように、運動の難しさがその方に合っていない可能性があります。そして、一人一人の状態に応じて運動の難しさを調整することがリハビリ効果につながるということになります。言い換えると、変化が実感できる運動の難しさこそがその方に合っているとも言えます。
私の経験の中では、「毎日、たくさん麻痺側の脚を使って歩いているのに良くならない」、「麻痺側の腕をあげるリハビリを毎日しているのに、なかなか上がるようにならない」という方の多くが、難しすぎる運動を行っている印象があります。そのため、少し簡単な運動に変えることでリハビリ効果につながることが多くあります。まさに急がば回れなんですね。
ポイント3 ”安定して座る”ことが手足の動きにつながる
歩きにくい方は、足のリハビリばかりしていませんか? そして、腕が上がりにくい方は、腕のリハビリばかりしていませんか? そのような方の場合、まずは手や足の土台となる座る姿勢を見直すことが有効となります。作業療法士である井上は脳卒中のリハビリにおけるポイントとして、「四肢を空間でコントロールする条件としては、安定した姿勢(中枢部)コントロール(姿勢制御)が必要になる」と述べています(参考文献3)。つまり、手や足を使う時には、骨盤から体までの体幹が土台として大きな役割を果たすということです。
真っ直ぐ安定して座ることは、体幹が土台として働くためには、とても大切となります。また、手を使うことや、歩き・立ち上がりより、座る方が動きの難しさとしては簡単です。そのため、座るリハビリは、手や足のリハビリよりも効果が出やすい傾向があります。また、安定して座れるようになると、麻痺側の手や足の動きやすさにつながる可能性があります。
ここでは、手や足の動きやすさにつながる自宅できる”安定して座るコツ”のリハビリメニューをご紹介します。
手順1:リハビリ前の麻痺側の手や足の動きを確認する
リハビリ前に腕のあがりやすさと座り方を確認します
リハビリ前に立ち上がりやすさと座り方を確認します
リハビリメニューの効果を実感してもらうために、はじめに手や足の動きにくさと体幹の姿勢を確認します。写真は右手足が麻痺側の場合となります。椅子に座った姿勢で麻痺側の手を持ち上げたり、立ち上がる時の手や足の動きにくさと、体幹の姿勢をチェックしてみましょう。今回の方法は、まだみなさん慣れていないので安全第一で行いましょう。手すりなどしっかりした物を良い側の手で支える状態ではじめてください。
麻痺側の手だけでは持ち上がらない場合は、良い側の手で麻痺側の手を持ち上げてください。また、立ち上る時の体幹の姿勢のチェックとしては、椅子に座った姿勢からおじぎをした状態で止まってみてください。
「麻痺側の手が重たくてあがりにくい」「麻痺側の足に力が入りにくい」「麻痺側の足が勝手に緊張してしまう」という動きにくさがありますよね。その症状が、今回のリハビリメニューを通じて良くなったら大成功です。
そして、その時の体幹の姿勢をチェックしてみましょう。図のように麻痺側に傾いていたり、猫背になっているのではなでしょうか? これは、体幹の姿勢を整えることで、麻痺側の手や足の動きやすさにつながるリハビリメニューです。
手順2:リハビリ前の麻痺側のお尻や太ももの状態を確認する
リハビリ前に麻痺側のお尻と太ももの安定感を確認します
まずは体幹が麻痺側に傾くことや、猫背になることの原因を探っていきます。座った姿勢で、体幹を左右に振って、左右のお尻や太ももに体重をかけた際の安定感をチェックしましょう。
良い側のお尻や太ももよりも、麻痺側のお尻や太ももの方が頼りなかったり、肉が無くて骨ばっていたりするのではないでしょうか。その頼りなさや骨ばりが、体幹の麻痺側への傾きや、猫背の原因だと考えている方も多いはずです。しかし、実は麻痺側のお尻や太ももの頼りなさや、骨ばりの原因は、お尻や太ももの体重がかかる感覚が感じられていないことが原因となります。
前回記事「「頑張らないリハビリ」が脳卒中後遺症の回復に有効」では、体の感覚を意識することがリハビリに有効だということを解説しました。その中で麻痺の回復には関節の動く感覚や手のひら・足の裏の触れる感覚といった”体の感覚を意識しながら動く”ことが有効と説明しましたが、このことを反対に考えると、麻痺の動きにくさの原因は、関節の動く感覚や手のひら・足の裏の触れる感覚といった”体の感覚がうまく感じられていない”ことにある可能性があるのです。
今回のように座った姿勢で麻痺側のお尻や太ももに体重をかけた際に頼りなさや骨ばりがある場合は、お尻や太ももにおける「椅子に触れる感覚」や「重さの感覚」といった”体重がかかる感覚”がうまく感じられていない可能性があります。そこで、座った姿勢において、麻痺側のお尻や太ももの裏の体重がかかる感覚を意識することができれば、麻痺側のお尻の頼りなさや骨ばりが改善する可能性があるのです。
ここから、麻痺側のお尻や太ももの裏側の体重がかかる感覚を意識するための具体的な方法をご紹介します。
手順3:麻痺側のお尻や太ももを安定させる
麻痺側のお尻と太ももをどっしり安定させるコツの方法
背筋を伸ばした姿勢から猫背になる時がポイントになります。猫背になると同時に、麻痺側のお尻の後ろ側が椅子に体重がかかり、どっしり重たい感覚があるか意識してください。よくわからない場合は、猫背になると同時にお腹をぐしゃっとやわらかく縮める(曲げる)ようにするとわかりやすくなります。
そして、猫背になって麻痺側のお尻の後ろ側が椅子にどっしりと体重がかかって重たい感覚が意識できたら次の段階へと進みます。そのどっしり重たい感覚をお尻の後ろ側からお尻の真下と太ももの裏側に移動させることを意識しながら、背筋を伸ばします。ポイントは、背筋を伸ばすことばかり意識するのではなく、お尻や太ももの裏側の側の体重がかかってどっしり重たい感覚を意識することにあります。
手順4:リハビリ後の麻痺側のお尻や太ももの状態を確認する
リハビリ後に麻痺側のお尻と太ももの安定感を確認します
ここまでいけば、うまくいっているか確認しましょう。座った姿勢で、体幹を左右に振って、左右のお尻の安定感をチェックします。ここで大切なのは、体幹を麻痺側に振る時に麻痺側のお尻や太ももの裏側の側の体重がかかってどっしり重たい感覚を意識することにあります。よくわからない場合は、一度、体幹を良い側に振った時の良い側のお尻や太ももの裏側の側の体重がかかってどっしり重たい感覚を意識すると、その後であれば麻痺側でもわかりやすくなる傾向があります。
うまくいけば、頼りなかったり、肉が無くて骨ばっていた麻痺側のお尻や太ももの方が、どっしり頼りがいが出てきたり、骨ばりではなく肉で支えている実感が出てきます。その結果、猫背だった体幹の姿勢も良くなる可能性があります。椅子に座る時は、良い側だけではなく麻痺側のお尻や太ももの裏の体重がかかってどっしり重たい感覚を意識することができれば、結果として体幹の傾きや猫背が改善してきます。
手順5:リハビリ後の麻痺側の手や足の動きやすさを確認する
リハビリ後に腕のあがりやすさと座り方を確認します
リハビリ後に立ち上がりやすさと座り方を確認します
最後に今回のリハビリメニューが麻痺側の手や足の動きやすさにつながっているか確認します。良い側だけではなく麻痺側のお尻や太ももの裏の体重がかかってどっしり重たい感覚を意識して座ってくださいね。その状態で、椅子に座った姿勢で麻痺側の手を持ち上げたり、立ち上る時の体幹の姿勢のチェックとして、椅子に座った姿勢からおじぎをした状態で止まってみてください。
「麻痺側の腕が軽くあがる」「麻痺側の足に力が入りやすくなった」「緊張していた麻痺側の足が楽に支えられるようになった」という変化が出ていれば大成功です。その方法を日々の日常生活に取り入れることで、楽な動きを身につけることができます。
発症から10年以上経っている方でも、「自分では気づきませんでしたが、座り方から直していくと、楽に歩けるようになって驚きました!」という声がたくさん届いています。麻痺側の手や足のリハビリがうまく進まないときは、座り方から見直すことで、新たな可能性が見えてくるかもしれません。
「毎日、たくさん歩いていますが、なかなか歩けるようになりません」など、努力しているのに回復が得られない印象のあるのが、脳卒中のリハビリです。しかし、脳科学をはじめとした研究の成果を参考にすることで、効果的な方法を導き出すことができます。これからも、研究の内容を解説しながら、様々な動作についての具体的なリハビリ方法をあわせてご紹介していきます。
■参考文献
(1)Merzenich MM et al: Somatosensory cortical map changes following digit amputation in adult monkeys. J Comp Neurol.224:591-605,1984.(2)Plautz EJ et al:Effects of repetitive motor training on movement representations in adult squirrel monkeys: role of use versus learning.Neurobiol Learn Mem.75:27-55, 2000.
(3)山本伸一 他:作業療法における上肢機能アプローチ:p60,三輪書店,2013.