『この世界の片隅に』の呉市内の聖地(ロケ地)めぐり
『この世界の片隅に』呉の自宅近くで、スケッチする主人公の、すず (C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
2018年夏にはテレビドラマも放送されました!
この映画のスクリーンに描かれた風景を手がかりに、戦前・戦中を通じて軍港の街として発展した呉で、『この世界の片隅に』の聖地(ロケ地)をめぐりたいと思います。
なお、本記事の前編、「聖地巡礼!『この世界の片隅に』の舞台・広島をめぐる」もあわせてお楽しみください。
<今回のルート>
すずが嫁いだ街・呉の市街地を歩いて
広島から呉までは、JR呉線の電車で、およそ30分ほど。呉市の市域は市街地の広がる本州側と、瀬戸内海に浮かぶいくつかの島々から成っています。また、呉という地名は、劇中でも紹介されていますが、9つの峰に囲まれている「九嶺(きゅうれい)」が語源とされます。中でも呉のシンボルとされる灰ヶ峰(標高737m)は、呉の街を歩いていると、ほぼどこからでも見ることができます。
呉の街を歩いていると、ほぼどこからでも北にそびえる灰ヶ峰が見える。頂上にある気象レーダー観測所が目印
呉の市街地は、"碁盤の目"のように東西南北に走る真っ直ぐな通りで区画されています。このうち、南北に走る主な通りは、呉駅前から北に伸びる「今西通り」、その東に並行する「蔵本通り」、さらにその東の「本通り」があります。
『この世界の片隅に』の主人公である、すずの嫁ぎ先、北條家のある長ノ木地区へは、今西通りを歩いて行くのが分かりやすいのですが、ちょっと寄り道したい場所があるので、駅前を東に向かい、まずは蔵本通りまで行ってみましょう。
小春橋から見た堺橋
蔵本通りに沿うようにして流れる堺川に架かる橋の一つ「小春橋」が最初の目的地。この橋は、すずと夫の周作が会話をするシーンに使われていました。
映画の中で、背後の橋の上を路面電車が通過して行きますが、これは現在も残る「堺橋」。もちろん、今は路面電車は走っていませんが、呉市役所に問い合わせたところ、この堺橋は、1932(昭和7)年に架けられ、空襲にも焼けることなくそのまま残ったのだそうです。まさに、歴史の生き証人ですね。
橋桁や石造りの欄干などに風格を感じる堺橋
さて、小春橋から堺川に沿って1kmほど上流に向かって歩いて行くと、呉駅前から伸びる今西通りがカーブしてきて、堺川と交差し、そこに「相生橋(あいおいばし)」が架かっています。偶然にも、広島の原爆投下の目標になった橋と同じ名前です。
この相生橋の西詰の北側の朝日町一帯に、かつて「朝日遊郭」があり、登場人物の一人、「二葉館」の遊女である白木リンが住んでいました。すずは、ヤミ市に砂糖を買いに出かけた帰りに、道を間違え遊郭に迷い込んでしまい、そこでリンと出会います。
朝日橋がわずかに名残を伝える
朝日町を歩いても、かつては関西一の規模を誇ったという遊郭の名残はまったくなく、堺川に架かる橋の一つに「朝日橋」という名前が付いているのが、唯一の名残かもしれません。
すずの嫁ぎ先、北條家を目指して
朝日町の一角にある「胡(えびす)町公園」という児童公園から見て、下の写真の建物の右側の道を入って行くと、すずの嫁ぎ先、北條家のある長ノ木地区方面へ通じています。中央の建物の右の道に入って行く
途中、すずが北條家から呉の街に出るときに、必ず前を通過する、同じ形の蔵が3つ並んでいる「三ツ蔵」があり、とても印象的。
三ツ蔵
そのまま細い坂道を登っていくと、まもなく「長ノ木」の交差点付近に出ます。北條家は、ここから500mほど北に位置する「辰川」バス停のさらに奥のエリアにあったと想定されます。
すずが段々畑で、夫の姉である徑子(けいこ)の娘・晴美とともに港を見ていると、そこに呉海軍工廠(こうしょう)で造られ、呉を母港としていた戦艦大和が帰港するシーンや、港に停泊している軍艦をスケッチしていて憲兵に咎(とが)められるシーンなどが劇中で描かれています。
『この世界の片隅に』ファンならば、この辺りまで足を運んでみたいと思うかもしれませんが、映画の公式サイトでは、呉市の聖地巡礼について旧上長ノ木・畝原・惣付のあたりは道の細い住宅街のため、いわゆる「聖地巡礼」の目的地としないよう注意を呼びかけています。
そこで、オススメしたいのが、呉湾の東側に位置する「歴史の見える丘」です。
「歴史の見える丘」より。大和の建造は秘密裏に進められたため、周囲からの目隠しのために取り付けられたドックの大屋根が、今も残されている
ここからは、呉湾が一望できるほか、戦艦大和を建造したドックの大屋根が、今もそのまま残っているのも見ることができます。
また、灰ヶ峰の頂上は、呉市街と海を一望できる素晴らしい絶景スポットで、夜景の名所でもありますが、ここまで行くのは車がないとキツいと思います。
灰ヶ峰頂上から見た呉の夜景
■歴史の見える丘
所在地: 広島県呉市宮原5丁目
アクセス:「子規句碑前」バス停下車すぐ
地図:呉市ホームページ
旧軍港付近の聖地(ロケ地)をめぐる
さて、長ノ木地区から、いったん、先ほどの相生橋まで戻りましょう。ここから今西通りを南東方向に進むと、間もなく「本通り」に出るので、これを南へ。めがね橋の呉線ガード。映画では、このガード上を蒸気機関車が通過する
1kmほど歩くと、道はJR呉線のガード下を通過。ガード下の交差点名は「めがね橋」ですが、橋は昭和のはじめ頃に埋め立てられ、地名だけが残っています。つまり、『この世界の片隅に』で描かれている戦時中には、すでに「めがね橋」は存在しなかったということになります。
ガードの先にあるのが、現・海上自衛隊呉集会所(旧・下士官兵集会所)です。
旧・下士官兵集会所(現・海上自衛隊呉集会所)
資料によれば、昔はスクラッチタイルが張られたモダンな作りだったそうで、映画でもそのように描かれていますが、現在はコンクリートをレンガ色に塗った、味気ない造りになってしまっています。
この集会所は、すずが周作に帳面を届けに行くシーンで登場し、その後、2人は呉の街に繰り出しますが、折から、大きな船(すずの幼馴染み・水原哲も乗船する重巡洋艦「青葉」)が呉に寄港したため、街は大混雑で、映画も見ることができませんでした。
旧・呉海軍病院(現・呉医療センター)の石段
さて、海上自衛隊呉集会所から「美術館通り」と名付けられた美しい並木の坂道を上って行くと、正面に、入院中の周作の父・円太郎を、すずと晴美が見舞うシーンで登場する現・呉医療センター(旧・呉海軍病院)の石段が見えてきます。
旧・呉鎮守府司令長官官舎の内部
ここで、ぜひ立ち寄りたいのが、呉医療センターの目の前にある「呉市入船山記念館」。敷地内には、旧・呉鎮守府司令長官官舎や、東郷平八郎が呉に在任中(明治23~24年)の住居の離れを移築した建物などを見ることができます。
大和ミュージアム・呉艦船めぐり
このほか、映画に登場する場所ではないものの、呉でぜひ見ておきたいのが、「大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)」。「大和ミュージアム」外観
全長26.3mもある10分の1サイズの戦艦大和をはじめ、人間魚雷「回天」の試作品や零戦(零式艦上戦闘機)などが展示されているほか、軍港・呉の歴史がビデオや資料などで分かりやすく説明されており、見応えがあります。
「大和ミュージアム」のそばには、本物の潜水艦「あきしお」がシンボルになっており、「あきしお」の中も実際に見学できる「てつのくじら館(海上自衛隊呉史料館)」もあります。
本物の潜水艦「あきしお」が目印の「てつのくじら館」
また、海上自衛隊呉基地や旧海軍の戦艦大和建造ドック跡地などを、遊覧船で約30分かけてめぐる「呉艦船めぐり」もオススメです。海上自衛隊の艦艇のみならず、建造中の巨大タンカーなども間近で見ることができ、迫力満点!
呉艦船めぐり
この遊覧船乗り場(呉中央桟橋ターミナル)は、「大和ミュージアム」のすぐ隣にあります。
呉海自カレー
呉でランチするなら、2015年にスタートした「呉海自カレー」(以下、海自カレー)などはいかがでしょうか。「呉ハイカラ食堂」の潜水艦そうりゅうのテッパンカレー(写真提供:呉市観光振興課)
海自カレーは、海上自衛隊の調理員が呉市内の飲食店に、実際のレシピに基づいて直接作り方を伝授。呉基地に所属する各艦艇や呉教育隊など、それぞれの部隊のカレーを忠実に再現しています。
クレイトン ベイ ホテル「ヴェール・マラン」で提供されている練習艦かしまの牛舌カレー。写真のカレーにサラダとデザートが付く
しかも、各部隊ごとにカレーのレシピが異なっており、A店では「潜水艦そうりゅう」のカレー、B店では「練習艦かしま」のカレーというように、店ごとに違う海自カレーを提供しているので、食べ歩くのも楽しみです!
<DATA>
■大和ミュージアム
所在地:広島県呉市宝町5-20
休館日:火曜日
営業時間:9:00~18:00(展示室入館17:30まで)
入館料:大人500円
地図:交通案内(アクセス)
ホームページ → 大和ミュージアムHP
なお、主人公のすずの声優を担当したのんが、物語の舞台となった広島県呉市を巡る姿を追った写真集「のん、呉へ。 2泊3日の旅~『この世界の片隅に』すずがいた場所~」が2016年12月16日に発売になっています。
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