福岡のフランス菓子界に新風を吹き込む「パティスリー オー フィル ドゥ ジュール」
「パティスリー オー フィル ドゥ ジュール」は、2015年も押し迫った12月27日にプレオープン。明けて2016年より本格的な営業をスタートしたばかりの新店です。福岡市内で一番賑やかな天神の市街地からも近く、閑静な住宅街エリアにもつながる地域。地下鉄・七隈線「桜坂」駅から徒歩4-5分の場所となります。
オーナーシェフの吉開雄資氏は、福岡市ご出身。上京した当初は料理人を志していたそうですが、働き始めたレストランでお菓子に目覚め、銀座レカンに入社。その後、恵比寿「Q.E.D.Club」で人生に大きな影響を与えた師匠、板橋恒久氏に出会います。板橋氏が独立し、2006年に茨城県結城市に「アルチザン・パティシエ・イタバシ」をオープンするに伴い、スーシェフとして勤務。実は、私が吉開氏に最初に出会ったのも、この頃でした。
その後、渡仏してパリで修業。やがて務めた5つ星ホテル「ル・ブリストル」のシェフパティシエ、ローラン・ジャナン氏は、日本でもよく知られる人物で、その繊細なデザートやお菓子には多数のファンがいます。というのも、ジャナン氏は、渋谷の「セルリアンタワー東急ホテル」の菓子のプロデュースも務め、クリスマスケーキをはじめ季節のケーキがこちらでいただける他、毎年、デザートのフェアで来日されているためです。
そんなジャナン氏と板橋シェフとは、かつてパリの名門ホテル「オテル・ド・クリヨン」で同僚として働いた仲間で、今も堅い友情で結ばれていらっしゃいます。吉開シェフは、別の星付きレストラン等を経て再び「ル・ブリストル」へ戻り、日本人として初めて、ジャナン氏の右腕を務めるようになりましたが、それを一番喜んでいらしたのは、師の板橋シェフであったかも知れません。
店名の「Pâtisserie au fil du jour(パティスリー オー フィル ドゥ ジュール)」とは、「パティスリーの流れゆく1日」という意味。食べる人だけでなく、作り手のお菓子に対する愛情が感じられる素敵な命名ですが、実はその由来となったのは、吉開シェフにとってもう一人の恩師、ローラン・ジャナン氏の同名の書籍のタイトルです。
私がかつて2013年10月に「ル・ブリストル」の厨房を訪ねた時、ジャナン氏と吉開シェフにこの本を見せていただき、朝、昼、晩と、様々な時間にお菓子を楽しむ内容となっていたことが印象的でした。
「パティスリー オー フィル ドゥ ジュール」の店頭にも、この一冊が大切に飾られているので、ぜひご注目ください。
吉開シェフと奥様の菜生子さんは、共に福岡市のご出身。帰国して地元に戻り、故郷にお店をオープンされました。
華やかな生菓子が多数並ぶショーケースは、フランス菓子をベースとしつつ、他に無いオリジナリティに富んだものばかり。夕方になると完売してしまうことも多いので、前日までに電話予約して買いにいくのがお勧めです。
その中でもぜひ選んでいただきたいのは、鮮やかな黄色に蜂の巣を模ったチョコレート飾りが目を引く「ル ミエル」。アカシア蜂蜜のムース、洋梨のクーリ、洋梨の果肉、生姜、レモンのガルニチュールを合わせたプティガトーです。シュトロイゼル風のサクサクしたサブレ・ブルトン生地を散らし、食感のアクセントにしています。
実はこのケーキを見た時、私は思わず、あっと声を上げそうになりました。こちらには原形になったデザートがあり、以前にそれをいただいたことがあったのです。
それは、2014年7月、来日されたローラン・ジャナン氏のデザートフェアで提供された、「なめらかなレモンタイム風味のはちみつアイス 洋梨とライム 生姜の香り」というタイトルの品。お皿の上にかぶせられたガラスのカバーの中に、飴細工の蜜蜂が舞っているプレゼンテーションが可愛らしい、印象的な一皿でした。
この時も、吉開シェフはジャナン氏のサポート役としてフランスから共に来日されていたのですが、実はこの作品、吉開シェフがフランスで開催されたコンクールに挑戦した際に考案したデザートだったのです。あの時のデザートが新たにプティガトーとして生まれ変わり、再び出会えるとは……と感無量でした。
ムースの中に隠れた洋梨のクーリはごくやわらかく、フォークを入れるととろっとした食感。上のくぼみの中には、レモンシロップと生姜、蜂蜜、レモンのコンフィチュールで作ったソースに、洋梨を入れてマリネしたものを盛りつけて。削ったライムの皮の青みが、涼やかさと爽やかな香りを添えています。フランスでそうだったように、フレッシュの洋梨が手に入る時期に提供したいお菓子とのこと。多層的で繊細な香りと食感の構成は、ケーキ、というよりも、食後のデザートをいただいているよう。まさに、吉開シェフの真骨頂の一品と言えます。
「ミューラー」は、アーモンドのダックワーズ生地の土台に、フランスのヴァローナ社のチョコレート「グアナラ」を使ったムース。その中に、マダガスカル産バニラのクレームブリュレとブラックベリーのクーリー入り。フランスではよく使われる素材「ミュール」は、“桑の実”を指す場合もありますが、ブラックベリーも含めてそのように呼ばれます。
吉開シェフも、「ル・ブリストル」でミュールを使ったデセールを作っていて、日本でのジャナン氏のフェアで提供されたこともありますが、何かが足りない、と思っていたところがあったそう。とろけるようになめらかなバニラのブリュレと、鮮やかな酸味をそのまま活かしたミュールのクーリが味覚の対比を成し、サクサクしたフィユティンヌの薄い層が食感のアクセントになった、オリジナルの一品を生み出しました。
「パティスリー オー フィル ドゥ ジュール」でお勧めしたいお菓子は、まだまだ多数!次のページで、フランスと日本の融合を感じさせる作品や、おなじみの菓子にこの店らしいオリジナリティが加えられた品、さらに手土産やお取り寄せにもお勧めの焼き菓子もご紹介します。