亀山早苗の恋愛コラム/連載:アラフォーの“傷跡”

会社の金に手を出し、600万貢いだキャリア女性の恋

恋に落ちて、彼に貢いだ6年間。彼にはフラれ、仕事も失った。それから10年、いまだに癒えない傷を抱え、孤独と戦いながら、ひっそり生きる女性の心理とは――。

亀山 早苗

執筆者:亀山 早苗

恋愛ガイド

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アラフォーの“傷跡” 大人になっても生きづらい私たち 第6回 

――アラフォー世代の女性たちが背負ってきた人生や悩みを話してもらうノンフィクション連載。今回の主人公は、若いときから会社員として引く手あまたの人生を送ってきたキャリア女性。ある恋愛により退職を余儀なくされ、それ以来、40代になった今もその傷を引きずっているという。
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アラフォーの“傷跡” 大人になっても生きづらい私たち

フリーランスとして長年やっていて思うのは、「正社員は手堅いなあ、いいなあ」ということだ。若いときは自由がすべてだと思っていたが、歳を経るにつれ、生活への不安が増してきている。

しかし、転落してしまうとなかなか戻れないのも、正社員のつらさかもしれない。今回登場するリエコさん(43歳)は、20代から着実にステップアップしていたエリート女性だったが、ある恋に狂い、坂道を転がるように転落してしまった。アラフォーになる今も、将来の不安も増す一方で先が見えないという。

恋に落ちて、彼に貢いだ6年間。10年たったいまも癒えない傷を抱え、孤独と戦いながら、ひっそり生きる女性の心理とは……。

仕事に生きていた20代の終わりに、恋に落ちた

配属された経理の仕事から、勉強を重ねて、ステップアップした。

経理の仕事から勉強を重ねて、ヘッドハンティングされた。

――若いときは、職場で“求められる”生活を送ってきたそうですね。

リエコ:求められるというと聞こえはいいけど……。短大を出て就職したら経理に回されたんですよ。私、経理なんてまったくわからなかったから、夜、専門学校へ行かせてもらって必死で勉強しました。社内でけっこう優遇され、4年ほどたったとき、仕事で知り合った方にヘッドハンティングされました。

――すごい。

リエコ:その後、さらに勉強を続けて、3年後にはコンサルティング会社に引き抜かれて、ある時期は、会計関係の専門家としてけっこう活躍していました。今思えば、そのころがいちばんよかったですね。その後は坂道を転がるような人生です。

――そんなにステップアップしていったのに、何かあったんですか?

リエコ:20代も終わりというころ、友だちに連れて行かれたライブで、あるミュージシャンと知り合って恋に落ちたんです。彼が私のマンションに転がり込んできて同棲生活が始まりました。

初めての彼。言われるがままに貢いでしまった

年下のバンドマンとの恋愛で、すべてが変わった。

年下のバンドマンとの恋愛で、すべてが変わった。

――彼に貢ぎましたか。

リエコ:そうですねえ。レコーディングしたい、CDを出したいと言われると、私は彼に惚れ込んでいたので、ついつい。それまで貯めていた500万があっという間になくなりました。

――彼を見捨てようとは思わなかった?

リエコ:彼、私より4歳年下だったんです。まだ若いのだから、いつかきっとメジャーになれると信じてた。「メジャーデビューしたらすぐ結婚しよう。オレが好きなのはリエコだけだよ」っていつも言ってくれてたし。

――彼のどこがよかったんですか?

リエコ:彼、毎日のように私を抱いてくれたんです。私は恋愛には疎くて、実はそれまで誰ともつきあったことがなかった。そんな私を、彼は「大好きだ」って抱いてくれて……。相性がよかったんでしょうか、私もすごく感じるようになって、もう彼なしでは生きていけなくなっていた。


――でも、仕事はきちんと続けていたんでしょう?

リエコ:ええ。でも実は私、32歳のとき、会社のお金に手をつけてしまったんです……。100万円でした。会社にばれてすぐにカードでキャッシングして払ったので、警察沙汰にはならなかったけど、会社にはいられなくなってしまった。
貯金だけでなく会社の金まで、貢ぐほど、恋に狂っていた。

貯金だけでなく会社の金まで、貢ぐほど、恋に狂っていた。

――だったら、最初からキャッシングすればよかったのに……。

リエコ:そうなんですよね。彼から急に連絡が入って、「これからすぐ貸して」と言われて焦ってしまって……。自分が担当していた小さな金庫から100万円出してしまった。翌日すぐに返しておこうとは思っていたんですが、その日のうちに先輩が「お金がない」と騒ぎになって……。

――その100万円も、彼に?

リエコ:彼が「最後のチャンスだから、レコーディングのためのお金を貸してほしい」と。彼も30歳までにはなんとかメジャーになりたいと焦っていたんだと思う。

ほかにも女がいたことも、知っていた

遊びたい盛りの彼は、恋愛に本気ではなかった。

遊びたい盛りの彼は、恋愛に本気ではなかった。

――彼はメジャーになれたんですか?

リエコ:いえ、結局はなれなくて……。というか、本当に私が出したお金が音楽のことに使っていたかどうかも怪しいんです。

――え?

リエコ:それまで、「リエコはオレの妻みたいなものだから、ライブには来ないで。他のファンが嫉妬すると困る」って言われていたんですよ。だけどあるとき、どうしても彼のライブを観たくなって、こっそり行ってみたの。ライブが終わったあと、楽屋付近で待っていたら、彼が女と一緒に出てきたんですよね。

――なんですか、それ。

リエコ:私も何だろうと思ったんだけど、彼は彼女が運転する車で消えていった。私は家に戻りました。明け方、彼が帰ってきたので、「遅かったね」と言ったら、「ライブのあと、みんなで打ち上げして飲み過ぎちゃって」って。だけど彼、まったくお酒の匂いがしなかったんですよ……。

――彼に「あの女は誰?」って聞かなかったんですか?

リエコ:聞けなかった……。私、女としての自分にまったく自信がなかったから。彼にいつ捨てられるかとびくびくしてたから……。

ストレスで倒れ、家族とも距離ができた

いくら貢いでも、彼に捨てられないかと焦り、ビクビクしていた。

いくら貢いでも、彼に捨てられないかと焦り、ビクビクしていた。

――その頃、仕事はどうしていたんですか?

リエコ:派遣で経理関係の仕事をしていました。20代の頃に比べたら、収入は激減しました。彼には会社のお金を使い込んだことは内緒にしていたので、前の会社が倒産したことにしていたんです。今度彼にまとまったお金を貸してくれと言われたらどうしよう、といつも思ってた。

――惚れた弱み?

リエコ:それもあるけど、彼と別れたら、私は一生、ひとりで生きていかなくちゃいけない。そんな寂しい人生は嫌だと思ってた。

――彼とはその後、どうなったんですか?

リエコ:彼がまた、今度は50万でいいから」と言ってきたんです。消費者金融で借りようとしたんですが、正社員じゃないから20万くらいしか貸してもらえない。もうお金がないと言ったら、彼、「わかった」って。そのまま帰ってきませんでした。

――本当に!?

リエコ:ええ。1週間くらいたったころかなあ、マンションの郵便ポストに封筒が入っていたんですね。開けてみたら、「ありがとう、さようなら」とだけ書いてある紙と、部屋の鍵が入っていました。部屋に入ると、彼の荷物がなくなっていました。彼、私の預金通帳を見ていたのかもしれません。仕事を変わったりしてお金がなくなっていったのも知っていたんじゃないかと思う。

――それまでほとんどリエコさんが生活費を出していたんでしょう?

リエコ:そうですね。

――貸したお金は返してもらおうと思わなかったの?

リエコ:貸したというか、あれはそもそもあげたものですしね。

――でも、あんまりじゃないですか!

リエコ:そう、あんまりですよね。それから私、体調がおかしくなって、卵巣が破裂しちゃったんです。強いストレスでそういうことがあるらしいです。

――うわあ。

リエコ:ちょうどそのころ、田舎の実家で兄夫婦と暮らしていた父が亡くなったんです。入院していた私は、お葬式にも出られなくて……。お葬式を済ませた母が入院先に来てくれたんだけど、詳しいことは言えないですよね。母はまだ、私が会計関係の専門家として活躍していると信じていたので……。そのあと、父の遺産だといって、兄が100万円くれました。本当はもっとあるはずだと思ったけど、こちらの事情は話せないし、もう何もかもめんどうになってしまって。

40代半ば。「この先、いいことがあるのだろうか」

10年近くたつ今も、つらく強烈な恋愛の思い出から抜け出せない。

10年近くたつ今も、つらく強烈な恋愛の思い出から抜け出せない。

――その後、どうされたんですか?

リエコ:いちばん忙しい時期に入院して会社を休んでしまったので、派遣先はクビになりました。それからも派遣で働いてはいますが、年々、収入が減っていきますね。今は築40年のアパート暮らしです。

――彼とは接点なしのまま?

リエコ:ありません。結局、彼も有名にはなれないまま。バンドも解散したらしいという噂は聞きました。

――恋愛はしてないんですか?

リエコ:彼と一緒にいたのは、ほぼ6年間くらいなんですが、あの時代があまりに強烈で。別れて10年近くたつんだけど、私の時間は彼と別れたところで止まっているんですよね。

考えたら、もうじき40代半ば。このまま老いていくだけなのかと、ものすごく焦っています。かといって、恋愛には踏み込めないんです。怖いし、相手もいませんし。

――もう一度、仕事で復活することもむずかしいですか。

リエコ:会社のお金に手をつけた過去があるので、自分で自分を信じられないというか、あんなことをするような人間にちゃんとした仕事ができるはずがないという思いがあって。今思うと、本当に恐ろしいです。どうしてあんなことをしてしまったのか……。

――恋に狂っていたんでしょうね。

リエコ:そうですよね。でも絶対にやってはいけないことをしてしまった。その事実が今になって重くて。会社の温情で警察沙汰にならなかった分、いまだに苦しくてたまらない。同時に私、今でもたぶん彼のことが忘れられないんだと思います。

――新しい一歩が踏み出せない……。

リエコ:そうですね。このままじゃいけないと思っているけど、どうしたらいいかわからない。高校や短大時代の友だちにも会ってないし、会えるわけもないし。


若い頃の無防備な恋は、のちに「いい思い出」へと脳内で勝手に変換されることが多い。だが彼女の場合、吹っ切れない何かがあるのだと思う。それが会社のお金の使い込み。

恋が自分の力量の範囲で完結していれば、きっと笑い話になるのだろうが、会社の金となると自責の念だけがふくれあがってしまうのだろう。慰めも激励も、うまく言葉が見つからなかった。彼女もそんな言葉を期待しているようには見えなかった。

ただでさえ、40代の女性が正社員の仕事を見つけるのはむずかしい。だが、それでも仕事を見つけ、心が落ち着くような人との関係を築けたらいいなと祈るしかなかった。

■【アラフォーの“傷跡” 大人になっても生きづらい私たち】連載
――次回もお楽しみに! 過去の連載はこちら。

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