ナンバーワンのオーストリア銘菓、ザッハトルテ

オリジナルのザッハトルテ

オリジナルのザッハトルテは、34もの工程を経て仕上げられる

オーストリアは、知る人ぞ知るスイーツ大国。ハプスブルク皇帝に舌鼓を打たせるべく、お膝元のウィーンでパティシエたちが見た目も味も秀逸なスイーツをクリエイトし続けたことがその端となっています。今回はその中でも特に有名なザッハトルテをご紹介しましょう。

ザッハトルテ(独 Sachertorte)とはザッハー家によるトルテ(ケーキ)のことで、チョコレートケーキの一種。上品なチョコレート味のスポンジにオーストリア名産の甘酸っぱいアンズジャムを挟み込み、表面はほんのりと苦みの効いたチョコレートのフォンダン(砂糖衣)でコーティングされた、オーストリアを代表するスイーツです。このケーキのレシピの大本は、1718年発売の料理本に既に掲載されていますが、1832年にパティシエ見習いであったフランツ・ザッハーがこれにオリジナリティを加えて創作したものがその始まり。若干16歳であったフランツが、当時の首相メッテルニヒと彼の招待客のために作って大絶賛されたチョコレートケーキを、のちにフランツの長男であるエドゥアルト・ザッハーが”ザッハトルテ”として現在の形にまで昇華させたと言われています。そんなザッハトルテは”世界一のチョコレートケーキ”、または”チョコレートケーキの王様”などと称えられ、今や世界中の観光客がオーストリアを訪れたら必ず食べて帰るほどの、大人気のウィーン銘菓となっています。

ザッハー対デメル、販売権をめぐる法廷争い

昨今では日本のケーキショップでも散見されるほど認知度の高まってきたザッハトルテですが、”オリジナル・ザッハトルテ”の名称使用をめぐり、ホテル・ザッハーと皇室御用達菓子店デメルとの間に法廷争いが勃発したこともありました。というのも、オリジナルレシピを考案したのは前述の通りザッハー家なのですが、後にホテル・ザッハーが経営破綻した際に、エドゥアルトの息子がデメルで職を得ることと交換条件に、”エドゥアルトのザッハトルテ”として同ケーキの独占販売権を譲渡したことが基端だとされています。この法廷争いは7年にも及んだ末、双方に販売権を認める判決が下され、ザッハー側が「オリジナル・ザッハトルテ」、デメル側は「エドゥアルトのザッハトルテ」と名乗ることで終結を見ました。

次は日本のチョコレートケーキとの違い、及びザッハトルテの正しい味わい方についてです!