過去の成功を捨て、そしてそれを上回る三菱電機
過去に成功体験をしてしまうと、人はついつい次も同じやり方をトレースしたくなるものだ。当然である。自分たちが導き出した“模範解答”だから、それを真似るのは至極ラクなわけで。もちろんこれは人だけではない。メーカーも同じである。ただ、今年の三菱電機はなにか違う。なにかとはなにか? もちろん彼らの気合いとかやる気といった精神論ではない。彼らが相次いで発表する製品は、それまでの自分たちの武器であり、世の中にある程度評価を受けていたはずの“成功している”機能やデザインを捨てまくっていることだ。
もちろん武器を捨てまくって、従来製品より明らかに劣っているものばかりを発表していたら目も当てられないが、次々と登場する新製品は、従来製品を圧倒的に上回るものばかりだ。しかも驚きなのが、それら従来製品だって、いずれも業界内外で評価の高いものばかり。
「蒸気レス」を断念して実現した「かまどごはん」の味
まずは炊飯器。三菱電機の最上位モデルの炊飯器といえば、壁を蒸気で汚さない「蒸気レス」タイプがその象徴であった。スクエアフォルムの本体は、オープン化されたキッチンに置かれても、モダンなインテリアのように非常にスタイリッシュ。かつ、ルビーレッドという象徴的なカラーリングも斬新で目を惹いた。だが、今年は「かまどごはん」を再現するという目標に向けて開発を進めた結果、これまでの「蒸気レス」では、美味しくはなるけど、目標までは達成できないとのことで、最上位クラスの「本炭釜」に、「蒸気レス」を搭載することを断念。新たに「羽釜」を採用するという勝負に出た。さらに形状もスクエアフォルムは本体と「羽釜」の間にムダな隙間が生じるということで、下膨れの「実りの形」に変更。カラーリングもブラウンやホワイトになったものの、炊き上がりは「かまどごはん」にかなり近い“内側はしっとり瑞々しく、外側はしゃっきり硬め”を実現。驚くほど美味しくなった。
掃除機が優先したのはコンパクト化、パワフルな吸引力
そしてオンリーワンな「エアブロー」機能
続いて掃除機。三菱電機のサイクロン式掃除機といえば「風神」である。従来製品は業界内でもかなり評価が高く、ダストカップが横置きに近い形で配置され、背が若干低く、ややクルマっぽいスタイルが良かった。他のサイクロン式掃除機と違った独自のフォルムだったため、それ自体が非常にアイコニックなデザインだった。だが、新しい「風神」は、見た目だけでいえば、本当に他社とあまり変わらないような、ダストカップが縦置きのスタンダードなスタイルとなってしまった。
とはいえ、それも軽量かつコンパクト化を優先した結果であり、かつ上部にホースの吸入口を配置することで、ゴミの流路もダストカップまで最短距離に。それによりモーターパワーを落としても、これまで同様のパワフルな吸引力を実現できて、よりエコで静音化に成功するなど、使い勝手がますますよくなった。しかも、キャニスター掃除機としてオンリーワンな機能である「エアブロー機能」まで搭載。旧製品とは比較にならない広い掃除用途やエリアをカバーできるようになった。
エアコンでは自ら作り上げたスタンダードを捨てる決断
最後はエアコン。そもそも家庭用エアコンの室内機にある「ラインフロー」(横長のシロッコファン)を世界で初めて採用したのが三菱電機である。その後、どのメーカーのエアコンもこの方式を採用し、エアコンのスタンダードな方式となった。だが、2015年、三菱はあろうことか、自ら作り上げたエアコンのスタンダードを捨てることになる。新たにプロペラファンをダブルでエアコン室内機上部に並べ、こちらも世界初の左右独立駆動の「パーソナルツインフロー」を実現。元々、三菱電機のエアコンは、左右のルーバーが独立しているため、左右の気流を使い分けられたが、ファンを2つ搭載することで、1台のエアコンで異なる温度帯を作ることができるようになった。なおかつ、ファンを変更した結果、内部構造も一新。
本来、ファンを囲むように配置されていた熱交換器を、下部に“W”字型で配置することで、省エネ性を大幅に高めることに成功した。さらに、どことなく柔らかい雰囲気のエアコンが並ぶなかで、見た目も他とは完全に一線を画す。上質でモダンな雰囲気に馴染むシャープでスクエアなフォルムは、家電というより高級インテリアに近い感じだ。
“熱いスピリット”感じさせる三菱電機
自分に置き換えて考えてみて欲しい。さらに高いパフォーマンスを発揮するためとはいえ、それまでの自分の武器とされた能力を捨てることを。これは並大抵の勇気ではできないことだ。特に大手メーカー製品は、なんとなく似たり寄ったりな状況である。そのなかで明確に他との差別化を図り、自分たちの武器を捨ててまで、よりよい製品を作り上げようとする決断は、商品開発や設計、技術者、デザイナー、さらには実際に生産する工場に至るまで、一丸とならないとできないことだと思う。
大手メーカーでありながら、そんな“熱いスピリット”を感じさせてくれる最近の三菱電機はおもしろい。