文豪・漱石、鴎外、一葉、太宰、芙美子がぐっと身近に!
有名な作家の生涯や作品を紹介する文学館。作家の出身地やゆかりの地に建つためどうしても地方にあるイメージが強いのですが、東京にも文学史にその名を残す文豪たちの立派な文学館・記念館がいくつもあります。教科書の常連・夏目漱石と森鴎外。5000円紙幣の女流作家・樋口一葉。ピースの又吉直樹さんはじめ熱烈なファンの多い太宰治。波瀾万丈な生き様が度々取り上げられる林芙美子。この超ビッグネーム5作家の文学館はすべて都内にあるのです。どの館も訪れると「なんだか難しそう」な印象しかなかった文豪たちが、ぐっと身近に感じられる楽しさがいっぱい。そんな知的好奇心をくすぐられる、早稲田の『新宿区立漱石山房記念館』、千駄木の『文京区立森鴎外記念館』、三ノ輪の『台東区立一葉記念館』、三鷹の『太宰治文学サロン』、中井の『新宿区立 林芙美子記念館』へご案内しましょう。
おしゃれな漱石の書斎が見られる!早稲田 『新宿区立漱石山房記念館』
日本を代表する文豪・夏目漱石は、生まれも育ちも東京・新宿区。終焉の地も新宿区内という生粋の“新宿っ子”です。彼が生涯最後の9年間を過ごし、『三四郎』『こころ』『道草』といった珠玉の名作を執筆した自宅・漱石山房の跡地に、2017年、漱石生誕150年を記念して、新宿区立漱石山房記念館が開館しました。東京メトロ東西線の早稲田駅から歩いて10分の場所にある記念館は、住宅街の中に突然現れます。沢山の弟子から見ず知らずの人まで山房に迎え入れ、時には人生相談にものっていたという、漱石の開放的な人柄を表しているような、前面ガラス張りのモダンな記念館です。
見どころはなんといっても数々の作品が生み出された漱石の書斎と、様々な人を迎え入れた客間。疲れると置いてある籐椅子に座って休息したというベランダ式回廊の一部も、忠実に再現されています。書斎は、おびただしい数の本とともに和洋折衷な雰囲気の調度品がセンスよく置いてあり、お洒落だったという漱石の人柄を忍ばせる空間です。またここで執筆された随筆集『硝子戸の内』に描かれた風景も見ることができ、漱石が好んで植えていたという芭蕉布の緑など、当時漱石の目に映っていた世界も味わえます。
この他、グラフィックパネルや映像などで漱石の生涯や人物像、新宿との関わりなどをわかりやすく説明する通常展示のスペースと、貴重な漱石関連の所蔵品をテーマに沿って展示する有料展示のスペース。そして『吾輩は猫である』のモデルになった猫のお墓を、実際使われていた石を再利用して作った石塔や、虞美人草(ぐびじんそう)など漱石ゆかりの草花が植えられた庭も必見です。
また入口近くのブックカフェ「CAFE SOSEKI」には、なかなか手に入らない東京の大人気和菓子・空也のもなかが!漱石作品に空也のもなかが登場するというご縁だそうですが、もなかを食べられるのは、銀座の空也とここだけ!これは見(食べ)逃せません。 ちなみに記念館の周囲には漱石の父が名付けたという「夏目坂」や漱石の生家跡、作品に登場する神社仏閣などなど漱石に関連する場所がいっぱい。文学館を中心に“漱石散歩”を楽しんでみるのも一興ですよ。
■新宿区立漱石山房記念館
住所:新宿区早稲田南町7
TEL: 03-3205-0209
入場料:観覧料(通常展)一般300円、小・中学生100円
開館時間:10:00~18:00(入館は17:30まで)
休館日:月曜日(ただし、月曜日が休日の場合は直後の休日でない日)/年末年始/その他設備維持のため等の臨時休館日
アクセス:東京メトロ東西線『早稲田』駅より徒歩10分
難しいイメージの鴎外と仲良くなれる千駄木 『文京区立森鴎外記念館』
名だたる文豪たちが居を構えた千駄木エリアにある『文京区立森鴎外記念館』は、スタイリッシュなレンガ造りでまるでモダンアートの美術館のよう。1892年から1922年に60歳で亡くなるまで、30年間鴎外が過ごした旧居・観潮楼の跡地に建つ記念館です。『阿部一族』『山椒大夫』『高瀬舟』など鴎外の代表作はほとんど観潮楼に住んでいた間に生み出されたもの。残念ながら戦災などにより建物などは失われてしまいましたが、鴎外の胸像、立派な銀杏の木、鴎外も日々踏みしめていたであろう門の敷石、幸田露伴、斎藤緑雨と一緒の写真に写っている「三人冗語の石」などは記念館内に残っていて、来館者は鴎外の生きていた時代とつながることができるのです。
鴎外関係の貴重な資料は日本一の収蔵数。それらを展示して2~3ヶ月毎に多彩な企画展が行われています。小説家、評論家、翻訳家、そして陸軍軍医と、いくつもの顔を持っていた鴎外。それゆえ企画展も「鴎外と演劇」「鴎外と家族」、時には「鴎外と百貨店・三越」を特集するなど、実にバラエティ豊かな内容で展開されます。展示品の中には鴎外が歩いている貴重な映像も。撮影されているとは知らなかった鴎外は後から自分が映っているのを知り、「もっと前の方へ出て歩けばよかった」と家族に話したのだとか。カメラについテンションが上がってしまうなんて、私たちとあまり変わらないですね。 展覧会を鑑賞した後、ぜひ寄りたいのが記念館内の『モリキネカフェ』。大きな窓の向こうには鴎外ゆかりの「三人冗語の石」や銀杏の木が見え、鴎外がドイツ留学時代に飲んだかもしれない歴史ある紅茶や、鴎外の横顔をプリントしたどら焼きなどを味わうことができます。
朗読会や歌会、周辺散策、美文字レッスンの講座などイベントも数々開催され、鴎外を身近に感じられるしかけがいっぱい。文語調の作品などちょっと難しいイメージもある文豪・森鴎外と仲良くなれる記念館です。
<DATA>
■文京区立森鴎外記念館
住所:東京都文京区千駄木1-23-4
TEL:03-3824-5511
入場料:通常展 一般300円/中学生以下無料(特別展は企画により異なる)
開館時間:10:00~18:00(最終入館は17:30)
休館日:毎月第4火曜日(祝日の場合は開館し、翌日休館)、
年末年始(12月29日~1月3日)、及び展示替期間、燻蒸期間等
アクセス:東京メトロ『千駄木』駅より徒歩5分
一葉の激しい生涯を知る 三ノ輪 『台東区立一葉記念館』
5000円札でおなじみ・樋口一葉というと「24年の生涯」や「極貧生活」などがクローズアップされ、辛い人生を送った女流作家という印象がありますが、そんなイメージをまた違ったものにしてくれるのが、東京メトロ・三ノ輪駅近くの竜泉にある『台東区立一葉記念館』です。記念館があるのは一葉が9ヶ月を過ごし、『たけくらべ』の構想を練ったといわれる下谷龍泉寺町の旧居跡からすぐの場所。一葉自筆の草稿や書簡、そしてその生活を感じられる模型などが3つの展示室に並び、順路にそって進むと一葉の人生がわかるという流れになっています。
展示は一葉の両親の馴れ初めからスタートします。現在の山梨県甲州市出身の2人は結婚を許されず、身重でありながら東京へ駆け落ち!しかし父は明治時代に入ると東京府庁の職員となり、一葉は裕福な子供時代を過ごします。学校での成績は常にトップクラスで、首席の卒業証書(山梨県立文学館蔵・複製)も展示。「女子に学問は不要」という母の意見により進学は叶いませんでしたが、父の勧めでセレブな女性たちが集う歌塾・萩の舎へ入門します。ここでもめきめき頭角を現した一葉は、入門後最初の発会(新年の特別な歌会) で最高点をマーク。その時の歌が書かれた短冊が展示されています。
しかし父親の死をきっかけに母と妹の面倒、そして借金を背負うこととなり生活は暗転します。文筆業で生計を立てようと男性小説家に師事しますが、周囲から男女の仲を勘ぐられて袂を分かつことに。そして生活苦を打開するため記念館からすぐの場所に、妹は店番、自分は仕入れを行う荒物雑貨屋をオープンさせるのです。展示の中には一葉が書いた仕入帳や借金の証文などがあり、困窮していた生活を実感。さらに当時一葉が住んでいた長屋の模型などもあるのですが、その狭さには衝撃をうけます。
この他にも、『たけくらべ』の未定稿や、5000円札の肖像とは違う一葉の貴重な写真、薩摩焼の職人になった兄から贈られた美しい紅入れ、愛用していたかんざしなどを間近に見ることができます。また一葉は美文字でも有名なので、彼女の肉筆を目当てに来館する人もいるそう。一葉のアップダウンの激しいドラマチックな人生を知ることができるスポットです。
(*作品保護のため複製を展示する場合あり)
<DATA>
■台東区立一葉記念館
住所:東京都台東区竜泉3-18-4
TEL:03-3873-0004
入館料:大人300円/小中高生100円
開館時間:9:00~16:30(入館は16:00まで)
休館日:毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は翌日)
年末年始および特別整理期間中
アクセス:東京メトロ『三ノ輪』駅より徒歩10分
都バス『竜泉』より徒歩3分
太宰散歩の拠点に! 三鷹 『太宰治文学サロン』
「三鷹」というと太宰治終焉の地というイメージが濃い場所ですが、太宰は38年という短い生涯のうち、疎開期間を除いて約7年半を三鷹で生活しています。太宰が通い、短編小説『十二月八日』にも登場する酒店・伊勢元の跡地に開設されたのが『太宰治文学サロン』。太宰の生涯をわかりやすく説明するパネルや直筆原稿、初版本、書簡、最初の結婚の時に愛用していた火鉢などなど、コンパクトなスペースに様々公開されています。面白いのはサロンの中に太宰が通った銀座のバー・ルパンのカウンターが模して作られていること。教科書などに掲載されている肘をついた物憂げな太宰とはまたちがった、ルパンでくつろぐ明るい表情の写真もサロンには飾られていて、それを眺めながらカウンターに座ることができます。
そして文学サロンの最大の魅力は、開館中毎日10:30~16:30、太宰と三鷹の関わりを知り尽くしたガイドボランティアの方々が常駐していて、展示品についての解説をしてくれること。その知識は驚くほど広く深く、太宰の意外な逸話や、太宰に関係する有名人のエピソードなども披露してくれます。
周辺には太宰の墓やお気に入りの場所など、太宰ゆかりのスポットが数多く点在していて、サロンにはこれらの場所を教えてくれる資料も豊富。都合があえばガイドボランティアが一緒に散策してくれることもあるそうなので、太宰散策の拠点として利用してみてはいかがでしょうか。
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■太宰治文学サロン
住所:東京都三鷹市下連雀3-16-14 グランジャルダン三鷹1階
TEL:0422-26-9150
入館料:無料
営業時間:10:00~17:30
休館日:月曜日、年末年始(12月29日~1月4日)
※月曜日が休日の場合は開館し、その翌日と翌々日休館
アクセス:JR『三鷹』駅南口より徒歩3分
こだわり抜かれたお屋敷を訪問 中井 『新宿区立 林芙美子記念館』
「日本を代表する女流作家」「森光子さんのでんぐり返しで有名な『放浪記』の著者」、そしてNHKの連続テレビ小説『花子とアン』の宇田川先生のモデルに一部なっていたと噂の林芙美子。晩年暮らしたお屋敷が大切に整備・保存され、彼女の美意識を今に伝える記念館として開館しています。場所は新宿駅から地下鉄と徒歩で20分足らずの新宿区中井。しかし京都か金沢にでも来たかのような竹林の中の風情あるお屋敷で、到着した途端その佇まいに圧倒されます。
林芙美子がその生涯を閉じる昭和26(1951)年までの10年間住んでいた家。波瀾万丈という言葉がぴったりな、多くの苦労を重ねてきた林芙美子ですが、昭和14年(1939年)に土地を購入し、自分の家を建てることになりました。芙美子は忙しい文筆活動の中なんと参考書を200冊近く集めて建築を学び、家の建築に携わるスタッフと京都の民家を見に行ったり、自ら材木を吟味するなど、文字通り“自分の家を建てた”のです。
庭から見学することができる屋敷の中は、建築からインテリア、食器に至るまで芙美子のセンスの良さが息づいています。例えば家族揃って食事をとったという部屋の卓袱台は、当時としては珍しい人数によって大きさが変えられるつくりで、足には細かい彫細工が。わざわざ印度更紗を貼らせたという襖や、襖の手がかりまでオシャレで収納も充分な茶の間など、若いころ極貧の中生き抜いてきた芙美子の“憧れ”が詰まっているのかな……と想像させる空間です。
また屋敷の前に広がる庭はとにかく緑が気持ちのいい空間。芙美子亡き後この屋敷を保護した夫で画家の緑敏が、芙美子の愛した木々を配して整えたそうで、自由奔放な妻を大きな愛情で包んだ緑敏の人柄が伝わってくる美しい庭です。
新宿とは思えないスポット。ゆっくり訪れて何度も深呼吸したくなる記念館です。
■新宿区立林芙美子記念館
住所:東京都新宿区中井2-20-1
TEL:03-5996-9207
入場料:一般150円、小・中学生50円
開館時間:10:00~16:30(入館は16:00まで)
休館日:月曜日(月曜日が休日にあたるときはその翌日)/年末・年始(12月29日~1月3日)
アクセス:都営地下鉄大江戸線・西武新宿線『中井駅』より徒歩7分
早稲田、千駄木、三ノ輪、三鷹、中井はどれも東京の代表的な観光スポットではありませんがどこも趣のある街。「文豪を知る」目的が、訪れるよいキッカケになることでしょう。
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