燃料電池車「MIRAI」が日本で期待されている本当の理由
燃料電池車の技術は、安全性を含めその繊細さを必要とする構造上、一朝一夕に開発出来る技術ではありません。トヨタ自動車を始め日本の自動車産業は、その持ち前のすり合わせ技術を武器に今日まで発展を遂げてきました。自社グループ内で技術開発を完結することによる、高度な付加価値提供を行うために量産されたこのモデルは、まさにレシィプロエンジン時代と同様に燃料電池車でもすり合わせが必要であるとのメッセージを発信しているように感じます。
加えて20年以上の開発期間を費やし、創り上げてきたこの燃料電池技術は、早々他国メーカーに真似のできるものではありません。その自らの強みを活かし、トヨタ自動車らが世界のエコカーでデファクトを取るために、まず国内から燃料電池車の市場形成をすべく国策としての、水素を燃料とするこの車両が推されているのです。
自動車に求めれられる価値
エコカーに対するニーズは高まる中、燃料電池車の普及動向に注視したいところですが、実は海外ではそれほど期待を集めている訳ではないのが実状です。その理由として、新たに水素インフラを整えるまでの理由が他国の人々にとっては明確でないこと、そして他国自動車メーカーが燃料電池技術に強みを持っていないため普及に弾みがつかないことなどが挙げられますが、本質的な理由は別のところにあると私は考えています。利用者の車に対するニーズは年々変化し、昨今はITがクルマ社会をリードする新しい交通のあり方に大変注目が集まっています。あらゆるクルマがネットワークにつながり、情報通信社会の一部として機能する自動車が期待を集める中、水素か電気かという議論はややマイナーな話題となっています。利用者にとって大切なのは、エネルギーが何かということではなく、どのように自分たちの生活が便利になるのか、ということだからです。
自動車メーカーが提供できる価値
クルマの提供者である自動車メーカーには、車の機能や構造がどうかという話よりもまず、どのようなサービスを市場は必要としているのか、そのためにはどのような車が必要なのか、という社会視点こそが求められています。燃料電池車は長距離を走れるからガソリンの代替となる良いクルマである、という観点ではなく、その用途や使用シーンにより燃料電池車が適切な場合(例えば長距離輸送時の低燃費車両として)、電気自動車が適切な場合(例えば日々暮らす街中での便利なオートドライブ車として)とが存在します。
それぞれの適切なシーン毎に、日本の自動車メーカーらが世界で強い影響力を持つ事ができるよう、技術とサービスのイノベーションが起こり続けることを願って止みません。そのためには、既存の自動車技術の枠組みや従来の囲い込み戦略に囚われず、広くどのような社会が求められているのかという市場の声に柔軟に対応することが、イノベーションの源泉なのだと思います。