リデザインの思想がデンマーク家具を発展させた
チャイニーズチェアからザ・チェア、Yチェアへのリデザインの流れ。椅子研究家・織田憲嗣氏(北海道東海大学教授)の資料より(「室内」1996年8月号掲載) |
ウェグナーさんの椅子は世界各国に輸出されました。1950年代はデンマーク家具業界にとって「ゴールデンエイジ(黄金の時代)」と呼ばれ、日本でも北欧家具ブームが巻き起こります。この大躍進の基礎となったのが、デンマークの家具教育において重視されるリデザインの思想です。
1900年代前半に活躍したデンマーク家具デザインの祖コーア・クリントは「手の仕事」と「リデザイン」を重視したデザイン思想を、デンマークに植え付けました。 ウェグナーさんも「デザイナーである前に職人であれ」というモットーを持ち、図面を描くだけでなく、模型や試作品を自ら作ることで、様々な問題点を見つけ出し、最適な製造方法を模索していきました。
次に北欧独自の「リデザイン」の思想があります。リデザインとは、古い伝統的な椅子や先人がデザインした椅子を研究し、それを元にして、時代にあったフォルムや製造技術、材料を使った椅子を開発していくことです。真似やコピーと違う点は、単に模倣するのではなく、手本にする椅子を超えていこうという意志があることです。
例えば「Yチェア」の場合、そのルーツは中国の伝統的な椅子にあります。それをリデザインした「チャイニーズチェア」を1943年に発表。それを「ザ・チェア」や「Yチェア」へと発展させました。椅子のデザインは、1年から長くても数年で完成することが多いのですが、ウェグナーさんの場合「チャイニーズチェア」から「Yチェア」の完成まで、10年近い歳月をかけています。
国立新美術館でも異彩を放つ
国立新美術館には、スリー・レッグド・シェルチェアやYチェア、エルボーチェアが200脚以上採用された。 |
国立新美術館で採用された作品の中に「スリー・レッグド・シェルチェア」があります。これは1963年にデザイン・試作され、展示会で発表されました。しかし当時の成型合板の技術がまだ不十分だったため、製品化されませんでした。それがカール・ハンセン&サン社で、数年前に復活しました。
当時最新の技術に挑戦した、今見ても斬新なフォルム。竣工したばかりの美術館のなかで、40年以上前にデザインされた椅子が輝きを放っているのです。座ってみると外観からの想像に比べ、意外なほど落着きます。ウェグナーさんの椅子には、すべて座る人への思いやりがこもっています。作品というより「日用の道具である」という信念を感じます。
不世出の巨人が与えてくれた幸せ
彼は生涯に500脚以上の椅子をデザインしたと言われています。その数もすごいですが、50年以上前にデザインされたYチェアのような椅子が、今も年間数千脚製造され、人々に愛され、求められ続けているという事に驚異を感じます。ウェグナーさんは頻繁に家具工場を訪ね、生産されている椅子の改良点を常に指示していました。形をデザインするだけでなく、出来上がった製品を自らがチェックするという姿勢から、作る人、座る人への、徹底した責任感を感じます。
彼を超えるチェアデザイナーは、しばらくは出ないのではないでしょうか。デザインとは何か、その厳しさと素晴らしさを教えてくれたウェグナーさん。そしてこれからも使われ続けていく、人類の財産ともいえる名作椅子を遺してくださいました。
参考文献:
ハンス・ウェグナーの椅子100 平凡社刊 織田憲嗣、 丸山 彰一、 林 義夫
デンマークの椅子 ワールドフォトプレス刊 織田憲嗣著 林義夫写真
月刊誌「室内」1996年8月号「北欧名作椅子デザイン小史」