フルーツケーキ
10種類のドライフルーツをたっぷり使ったルコントのスペシャリテ。お手本ともいうべきフルーツケーキで、2色のドレンチェリーがどこか懐かしくクラシックな味わい。フランスから取り寄せたテリーヌ型で焼き上げたフルーツケーキは、通常のパウンド型より大き目で、しっとりとした生地とドライフルーツの割合も絶妙。ラム酒に半年以上漬け込んだドライフルーツは、代々受け継がれた蜜を使用した伝統の味です。時間が経つほどに味わい深くなる逸品。スウリー
スウリーはフランス語で「ねずみ」の意味。はじめは、ビスケットとバニラのバタークリームで考えていたところパサパサとしていたので、ねずみのかたちをシューで作り、バニラのクレームパティシエールと白と茶のフォンダングラッセで目や鼻、しっぽを描いて、この「スウリー」が誕生。ルコント氏の創作した“子供たちも楽しくなるお菓子を”という想いからつくられました。ぽってりとした濃厚なクレームパティシエールが詰まっています。パリジェンヌ
パリジェンヌ 300円
アンドレ・ルコント(1931-1999)
1931年1月28日 ロワール地方の庭には小さな畑と大きな杏の木があるお家に誕生。1945年 14歳 モンタルジーで一番腕のよいマイスター マルセル・ルナン氏のもとで見習いとして修業。
1949年 18歳 ケーキ、チョコレート、アイスクリーム作りの国家試験にパスして「スーシェフ」に。これを機に、パリに出てシャンゼリゼのお店で生活をはじめる。
1951年 20歳 兵役のため軍隊へ。
1953年 22歳 兵役を終えてパリにもどり当時4つ星の老舗ホテル ジョルジュサンクに就職。
1955年 24歳 ホテル ジョルジュ サンクからの派遣でジャマイカホテル“ラウンドヒル”のシェフとして就任。
1956年 25歳 ホテル・ジョルジュ・サンクのシェフ・パティシエになる。
ホテル・ジョルジュ・サンクjからの派遣で、イランのテヘランとアバダンで2年半バーレビ国王の所有するホテルでお菓子を作る。
1963年 オリンピックが開かれる東京で、世界中からくるVIPを迎えるためにオープンする「ホテルオークラ」のフランス菓子、料理の技術指導者として就任。
1968年 結婚。東京・六本木にフランス菓子トレトゥール「A.ルコント」をオープン。
1970年 フランス料理アカデミー日本支部を設立。初代会長に就任。
<受賞歴>
1974年 農事功労賞 シュヴァリエ
1981年 フランス国家功労賞 シュバリエ
1987年 農事功労賞 オフィシェ
1991年 レジオン・ドヌール勲章 シュバリエ
SHOP DATA
ルコント広尾店2013年3月10日OPEN
1F Patisserie,Gift
B1 Salon de thé
営業時間:平日 8:30~19:00
土・日・祝日 10:30~19:00
定休日:年中無休(年末年始除く)
〒106-0047 東京都港区南麻布5-16-13
Tel.03-3447-7600 Fax.03-3447-7601
1F 6席
B1F 18席
(全席禁煙)
http://www.a-lecomte.com
あとがき
「A.ルコント」創業当時の日本の洋菓子といえば限られ、フランス菓子を買えるものはわずか。本場のフランス菓子を求めに、私の母は六本木のお店に幾度となく訪れ、ここでしか食べることができないお菓子を楽しんだそうです。六本木のお店に行ったことはないものの、青山店には何度も訪れ、ティールームでケーキとお茶をいただきつつ待ち合わせをしたり、金色に輝くパッケージに包まれた焼き菓子たちを手土産にしたり……、個人的にも思い出深いお店だったので寂しい思いを抱きつつ、閉店前日にお伺いしました。
特にフルーツケーキは思い出深く、芳醇な味わいが印象的。時間が経つほどに深い味わいになるフルーツケーキが新店でも再現されていて嬉しい! テリーヌ型で焼き上げられているのも、美味しさの秘訣でしょう。
日本でフランス菓子の礎を築かれたパティシエ アンドレ・ルコント氏の精神と技術を受け継いだフランス菓子店の再オープンは、日本におけるフランス洋菓子の歴史を守る意味もあるのではないでしょうか。
改めて再オープン、おめでとうございます!