伊豆の浜辺、いい天気

伊豆の浜辺、いい天気

うねうねっとした曲線やじわっとした滲みが特徴で、他の陶器と比べても、不思議な模様が多いスリップウェア。簡素ながら自由で大らかな雰囲気があり、料理に映え、普段使いしやすい器です。しかし、はて、スリップウェアって一体どうやって作るのでしょう?静岡県伊豆にある齊藤十朗さんの窯元で、スリップウェア作りを体験できるというお誘いを受け、行ってきました。

齊藤十朗さんの作品。上は様々な技法を凝らしたスリップウェア。右下、タイガースファンも喜びそうな模様

齊藤十朗さんの作品。上は様々な技法を凝らしたスリップウェア。
右下、タイガースファンも喜びそうな模様

そもそもスリップウェアとはなんでしょうか?
白色や有色のどろっとした化粧土(スリップ)で線や絵柄や模様などを描き、ガレナ釉と呼ばれる鉛釉をかけて焼く陶器のこと。ゆるっとした化粧土を陶土の板全体にかけた上にこれまたゆるっとした化粧土で模様を描くので、まるで生クリームで描いたような、ゆるゆるじんわりとした素朴な線や滲みが特徴です。英国で17世紀頃に始まったといわれ、その時代に活躍した陶工、トーマス・トフトの名から、スリップ技法を駆使した大きな飾り皿などはトフトウェアともいわれます。貴族のきらびやかな陶器というより、日常の器として一般に親しまれてきましたが、産業革命以降、機械化の波に押され、一旦途絶えてしまいました。

かの柳宗悦や富本憲吉が日本橋の丸善で購入した古い英国陶器の本の中でスリップウェアを見つけて大興奮!そして英国にまさかそんな陶器があるとは知らなかったバーナード・リーチも、日本人の彼らからそれを教えられてびっくり。民芸運動の怱々たる面々が調査のためにイギリスまで渡り、こぞって収集したという、人々を夢中にさせる魔性の器?!さらにリーチはその後自身でスリップ技法を学んで技術を身に付け、数多くの優れた作品を生み出しました。民芸運動にも大きな影響を与え、リーチが技法を伝えた島根県の湯町窯などは、代表として挙げられるスリップウェアの窯元のひとつです。
齊藤十郎さんもそんなスリップウェアの魅力にとりつかれた陶芸家のひとり。熊本の小代焼ふもと窯、鳥取の岩井窯等で学び、独立されました。さっと一筆で描かれたような大らかで大胆な曲線もあれば、繊細で綿密な柔らかい模様もあり、一言にスリップウェアといっても多様なデザインがあることが分かります。

レンガでできた窯

レンガでできた窯。薪をくべて器を焼きます

今回伺ったときは、ちょうど窯出し(焼きあがった器を窯から出す)の日だったので、まずはみんなでお手伝い。齊藤さんは、レンガ製の薪窯を使っています。およそ16時間、薪をくべながら焼き続け、最初は1時間置きぐらいの間隔で太い薪を、最後の頃は5分置きくらいに細い小枝などをくべて、火力を徐々に調整するそうです。窯焚き中はほぼ寝ずの番。この窯で大小合わせて約300個くらいの器を焼くのだとか。齊藤さんは年に8回ほど窯焚きをしています。

中を覗くと器がぎっしり。この日最年少小学生のミキティ(愛称)もお手伝い

中を覗くと器がぎっしり。この日最年少小学生のミキティ(愛称)もお手伝い

器はまだ熱々のホカホカ。軍手がないと熱くて持てません。この日は人数が多かったので、みんなでバケツリレーになって運びました。300個近い器も、みんなで運ぶとなかなか早く終わります。外は天気がいいものの、風が強く震えるような寒さでしたが、順番で窯の中に入ってみると、サウナのようにホカホカで半袖でも大丈夫なほどです。

みんなで運べば楽しい。というか人数多過ぎ!

みんなで運べば楽しい。というか人数多過ぎ!

一通り窯出しが終わったあとは、いよいよスリップウェア体験です。白と茶色(写真だと赤っぽい色・鉄化粧土)の2種類のゆるゆるとした液体状の化粧土を用意し、まず茶色の化粧土をたたら板と呼ばれる、陶土を平べったく板状に伸ばしたものに万遍なくかけます。次にいよいよスリップ用の道具を使って模様や絵を描きます。道具は色々あって、スリップウェアを作る工房で良く見かけるのはスポイトのようなもの(下写真の右端にあるころんと丸い赤いもの、見えるかな?)なのですが、齊藤さんは自作の道具を使います。飲み終わった某ドリンクのアルミ缶の底の方に穴を開けてストローのような筒を取り付け、そこからすぅーっと液を垂らします。流し口が2連、3連のものもありました。またお好み焼きのマヨネーズ入れを道具代わりに使ったりもします。(そういえばお好み焼きってある意味スリップ的ですよね。以前齊藤さんの個展のとき、本人にお好み焼きにマヨネーズでスリップ模様を描くパフォーマンスをやっていただいたことがありました!)。

まずは齊藤さんがさらりとお手本を。ほれぼれ~

まずは齊藤さんがさらりとお手本を。ほれぼれ~

当たり前のことですが、斎藤さんはするするーっと軽やかに素早く描いていきます。何気ないようですが、同じ調子で液体を流し続けることが案外難しいらしい。ちょっと傾けるだけでどぼっと多く出てしまったり、道具の中の液体が少なくなるにつれて、傾き加減や流す速度を変えないと、線の太さが変わってしまったりします。

みんなも挑戦。左、某インテリアショップスタッフ、右某器屋スタッフ

みんなも挑戦。左、某インテリアショップスタッフ、右某器屋スタッフ(お好み焼き用マヨネーズ容器使用)

スリップウェアといっても技法は様々。ただ線を描くだけでなく、そこに細い釘のような道具で引っ掻いて模様を入れたり、(ラテアートやケーキの装飾のように)、線を描いた後揺らして歪ませたり、ちょっと手を加えるだけで、また違った表現ができます。液体の上に液体で描く、というスリップウェアならではの特殊な表現方法。アイディア次第でやり方は無限大。写真右の人はひたすら点々と緻密に水玉を落として器全体を埋めていくという技法に挑戦中。一番手間ひまのかかる技法です。
一筆書きのように、躊躇せず大胆にずばっと描く人、慎重にゆっくり丁寧に繊細な線をきりっと描く人。やる人によって、それぞれ性格が出ていて面白い。スリップウェアひとつにも、その人の生き様が現れるもんですね。

私もやってみました。無謀にもモチーフは魚!!

私もやってみました。無謀にもモチーフは魚!!

私もチャレンジしてみました。今回ギャラリーが多かったせいもあり、いざたたら板を前にすると緊張が走る・・・。しかもうっかりポタリとたたら板の上に化粧土をこぼしてしまったため、急遽ポタリ部分は魚の目ということにして、焦る気持ちを即興で切り替え、なんとか描き切りました~(行き当たりばったりな生き様が露呈)。あんまり絵を描く人はいなかったので、完成がどんな感じになるのか、空恐ろしくて楽しみです。(次回の窯焚きは3月ということで、今回まだ完成写真は載せられません、すみません)。昨年湯町窯で、スリップウェアの実演を何度も目の前で見ていたつもりだったのですが、見るとやるでは大違い。よい経験をさせていただきました。

一番上手だった人。きりりと揃った線が美しい。

上手だった人。味を出しつつ、さらりと整った線が美しい。

上の写真、とっても上手に作っていた人(プロではありません)。まずは横にひたすら行ったり来たりしてぎっしり線を入れ、その後、釘のような細い金属棒が5つ付いた器具で、縦にぐいっと引っ掻くと、このような模様になります。ケーキ作りのようなちょっと楽しい作業です。

今回のスリップウェア体験ツアーの企画を行なったのは、恵比寿と中目黒で器の店を営むSMLSMLのオーナー宇野昇平さんは、自身もスリップウェアが大好きで、スリップウェアを作る作家ばかりを集めた企画展なども開催しています。趣味が高じてのこのツアー?!初めての企画だったため、集まったのはよく来るお客様や友人たちなど内々な面々でしたが、好評だったので今後またこのような体験ツアーは検討したいとのことでした。
自分の好きな陶芸家の工房に伺い、実際のものづくりを一部でも体験することによって、ものづくりの大変さや技術、表現など、そのものの背景をよりリアルに感じることができたのは、とても大きな収穫でした。

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