「春にして君を離れ」
<作品のあらすじ>収入にも地位にも恵まあれた夫、よくできた子ども、人生に成功したイギリス人女性が、海外旅行中に足止めを食らう。天候悪化で無期運休となった鉄道を待ち続ける間に、彼女は自分の人生を振り返っていく。
同年代の女性は老けて醜くなっていくのに、私は若々しく美しい容貌を保っている。夫が社会的に成功しているのは、賢く夫をサポートする私がいるからだ。いつも家族のことを思い、家族を愛し、家族を一番に考えてきた私のおかげで、子供達はそれぞれ幸福な生活を得ている。
……ほんとに?
彼女は家族のことを考えて家族の為に生きていた?
夫や子供達は妻や母を愛していた?
深く深く掘り下げて考えていくと…底の無い疑問と恐怖が広がる。
<作品のおすすめポイント>
クリスティの作品なのに誰も死なない、トリックもない。名探偵も登場しない。
読み進めると胸の中に黒々としたイヤな感じが広がるのは、自分の中にもある「自己欺瞞」を鼻先に突きつけられるから。
鉄道が再開して、家族のもとに戻る時には「私は正しい」鎧をしっかりまとい直してしまう主人公にうんざりしていると、最後にまたクリスティに裏切られる。
人は誰もが自分の見たいものだけを、見たいようにだけ見て生きているのだろうか?