「ガチャ課金」の危うさ
ソーシャルゲームの多くは「基本プレイ無料」「アイテム課金」という手法をとっている。フィーチャーフォンやスマートフォンで遊べるという間口の広さ、無料で遊べるという手軽さからユーザーは集まりやすく、開始されたばかりのサービスで「ユーザー数100万人突破」などという景気のいい数字が乱れ飛ぶ。そのため多くの人々が関心を抱く「ワンピース」などの有名作品がこぞってソーシャルゲーム化され、古い漫画もニッチ層を狙って次々とソーシャルゲームになっていっている。
今のところ、それらのほとんどが同じゲーム性と言わざるを得ない。かつて流行した大型タイトルがそうだったように、雨後の筍のように類似したゲームが増えていっている状況だ。また、ガチャなどで課金して、出てくるアイテムが運任せというシステムに問題を指摘されている。将来的には規制される可能性もあるというから穏やかではない。しかし、中には「パズル&ドラゴンズ」などといったパズルゲーム要素のあるものが登場し始めており、今後の広がりを予感させる。
ソーシャルゲームはまだ「卵」だ
ソーシャルゲーム=スマートフォンやPC、などと短絡的に考えるのはおそらく危険だ。同じようにスマートフォンの急速な普及とソーシャルゲームの盛り上がりだけを結びつけるのも危険だろう。PS3で発売されたゲームにも「リトルビッグプラネット」や「グランツーリスモ5」などソーシャル要素の含まれるものが見られる。しかしゲーム性とソーシャル要素の融合という観点から見ると「ダークソウル」あたりのスマッシュヒットがいいヒントになるかもしれない。今のところ、ソーシャルゲームの広がりは予測が難しい。課金モデルの危うさも含め、ソーシャルゲームは自分に適したゲーム性・収益モデルを探している過渡期にあるように見える。少なくともその先には単なる「暇つぶし」ではなく、より高度なゲーム体験があることだろう。その時、VitaやPS3といったゲーム専用機にとってソーシャルゲームは「敵」ではなく、「歓迎するべき仲間」となっているはずである。