(記事掲載:2007.01.05)

安倍首相が唱える「開かれた保守主義」とはいったいどういうことを言っているのでしょうか? なかなか理解しずらいこの言葉、まずは「保守主義」とは何か、というところからお話していきたいと思います。

1ページ目 【首相が共感する「保守主義」の原点をさぐる】
2ページ目 【1980年代、英米で生まれた「新保守主義」】
3ページ目 【新保守主義に立脚した「開かれた保守主義」】

【首相が共感する「保守主義」の原点をさぐる】

安倍首相の「保守主義」へのシンパシー

『美しい国へ』写真
首相の著書『美しい国へ』のなかでも彼の「保守主義」へのシンパシーをありありと感じることができる。
安倍首相はことあるごとに「開かれた保守主義」という言葉を使ってきました。……なかなか、わかったようで、わからない言葉ではあります。

彼は昨年の臨時国会冒頭の代表質問で、「開かれた保守主義」についてこう答弁しています。

「私にとって保守とは、いわゆるイデオロギーではなく、日本及び日本人について考える際に、自分の生まれ育ったこの国に自信を持ち、今までの日本が紡いできた長い歴史を、その時代に生きた人たちの視点で見詰め直そうとする姿勢であると考えています。
一方で、そうした歴史に根差した保守主義という基盤の上に立ちながらも、それは閉鎖的あるいは排他的なものであってはならず、現実に対しても虚心に目を向けることで、開かれた保守主義を目指していきたいと思っています。」(国会会議録検索システムより引用)

保守、といういうと閉鎖的なイメージがありますが、安倍首相は開放的な保守主義も展開できると考えているようですね。

首相の著書『美しい国へ』(文春新書)には、このようなエピソードが紹介されています。

「小さなころから、祖父(ガイド注:岸信介元首相)が『保守反動の権化』とか「政界の黒幕」とか呼ばれていたのを知っていたし(中略)その反発から、『保守』という言葉に、逆に親近感をおぼえたのかもしれない。」(『美しい国へ』から)

戦後の「保守政治家」たちが、実は正面きって言い出さなかった「保守主義へのシンパシー」。それを破って堂々と打ち出しているところが、安倍首相の政治姿勢の特徴と言えば特徴なのでしょう。

そして彼の掲げる「保守主義」に、「右」だけでなく「左」からも多くの支持を集めること……これが彼の言う「開かれた保守主義」なのかもしれません。「保守主義は『右より』の人たちだけのもではありませんよ」ということなのでしょうか。

しかし、それでもピンときません。「保守主義」について、もう少し見ていくことにしたいと思います。

18世紀に生まれた「保守主義」

バーク
18世紀に「近代保守主義」を確立したといわれるイギリスの政治家、エドモント・バーク。(写真:アメリカ政府サイトより)
さて、「保守」というと、改革をせず、自分たちの権力や利権にしがみつくイメージがありますが、安倍首相の言っている「保守主義」とは、そうでなないのでしょう。

彼のいう「保守主義」とは、18世紀にイギリスで生まれた「近代保守主義」というものか、あるいはそれを意識したものだと思われます。

18世紀末、ヨーロッパはフランス革命に揺れました。フランスでは国王の首がギロチンで切り落とされ、急進的な改革が次々に進み、恐怖政治さえ生まれました。

こうした流れに嫌悪感を示したのが、同時代のイギリスの政治家バークでした。バークは、フランス革命で見られたような破壊的なまでに急進的な改革を批判し、国家の伝統を守りながら政治を行うことを説いていきます。

このバークこそが、いわゆる「近代保守主義」つまり政治思想としての「保守主義」のはじまりだ、と考えられています。

このような考え方から、バークは政党と議会の議員について、2つの原則を主張しました。

まず、政党は徒党、つまり私的な団体であってはならないというものです。政党は選挙で競うけれども、目的はあくまで国家共通の利益の増進のためになければならず、またそう行動しなければならないとするものです。

また、議会の議員は「国民代表」でなくてはならないと考えました。フランス革命のときのフランスように階級の代表であったり、あるいは地域の代表であってはならないと考えました。

議員たちは、一度当選したら、任期を全うするまで、全ての国民のために考え、働くべきであると考えたのです。

この保守主義がやがて20世紀、どのように展開したのでしょうか。次ページからみていきましょう。