(2006.03.20)

大人のための政治基礎講座、ここからは内閣のお話をしたいと思います。行政権を司るのが内閣。そこまではいいとして、では、その「行政権」とはいったい、何なのでしょうか……?

1ページ目 【「行政」の概念は時代とともに変わってきた】
2ページ目 【80年代以降「小さな政府」回帰路線が生まれた背景】
3ページ目 【2001年再編された中央省庁、いったい何がどうなった?】

【「行政」の概念は時代とともに変わってきた】

そもそも「行政って何?」

日本国憲法第65
行政権は、内閣に属する。


このように、内閣は行政権をつかさどる最高機関、というふうに憲法で規定されています。……なんて知ってるよ、と思われるかもしれません。

そんなあなたに質問です。「行政って、なんですか?」

一番よくある解答が「(国家権力)-(立法)-(司法)=(行政)」というものです。難しい言葉で「控除説(または消極説)」ともいう考え方で、たしかに外れではありません。学説の通説です。立法も司法も、その内容は明らかだから、それを引けば、たしかに行政になるはずです。

しかし、そのことは逆にいうと、「行政の内容は明らかではない」ということを意味していることにもなります。

例えば、これは行政の仕事でしょうか、立法の仕事でしょうか。

→「国家政策の立案」

普通に考えると、国民の代表である議会、立法の仕事です。しかし、日本では行政側である官僚たちが立案し、与党や内閣に提案して国会で法案化してもらっていることがよくあります。

国家政策の立案は、行政の仕事なのでしょうか。いや、やはり立法の仕事なのでしょうか。……こうつきつめてみると、難しいですね。

むかしは「夜回り」ですんでいた? 行政の範囲

国家観の変遷
時代とともに変化していった国家や政府の概念。当然、行政に求められる役割も、時代とともに変わっていった
近代資本主義が早くから発達したイギリスやアメリカでは、政府・行政には自由放任政策が求められました。

自由経済が基本である近代資本主義においては、市場経済は自由な環境の中でそのメカニズムを発揮、それによって社会すべてに資源を効率良く配分していくと考えられていたからです。

アメリカ独立宣言の起草者でもあるアメリカ3代目大統領ジェファーソンは、

「最良の行政は最小の行政である」

と言ってはばかりませんでした。行政の役割は小さければ小さいほどよく、市場や市民の自治を最大限尊重することが求められたのです。

こうした状況を、ドイツの社会主義者ラッサールは「夜警国家」と揶揄(やゆ)しました。イギリスやアメリカの行政は夜回りしかしていない、ということです。

19世紀のイギリスやアメリカはそれでいいと考えていました。世の中はまだ単純で、すべてのことは議会や政党で決めることができました。政府は「小さな政府」あるいは「安上がりの政府(チープ・ガバメント)」であればいいと考えられていたのでした。

自由放任が産んだ深刻な社会問題が転機に

しかし、自由放任主義はやがて行き詰まりを見せます。

19世紀末から20世紀初めにかけて、近代資本主義は弱肉強食の過酷な競争に陥り、勝者は大きな独占資本を作って労働者を搾取する一方、労働者の環境は劣悪さを増し、巨大な格差社会が生まれます。

しかも、自由放任政策は不況、恐慌に対処することをあまりしませんでしたから、失業者はどんどん増えていきました。しかしそれは循環的なもので、景気がよくなれば解消する、と考えられていました。

しかし、この歪みが自然に解消することはありませんでした。独占の横行によって富の格差は広がる一方。資源をみんなに配分すると考えられていた市場経済は思ったように機能して行きませんでした。「市場の失敗」です。

これに対して、社会主義や進歩主義などの立場からなんとかしよう、という問題提起はあったのですが、結局1929年、世界恐慌が文字どおり世界を飲み込み、市場は失敗どころか破たんしてしまうのでした。

福祉国家の誕生

ケインズ主義
ケインズ主義では、不況で家計消費や企業投資が落ち込んでいる場合、需要増加効果のある政府支出の増加によって国民所得を増加させることができると考える
アメリカ大統領としてこの恐慌対策にあたったフランクリン=ルーズベルトは、それまでの自由放任政策を放棄し、積極的に経済に介入します。憲法違反と指摘されるほど、彼は大胆にそれを実行していったのです。

この政策を「ニューディール」といいます。実際のところ、この政策はすごく当たったわけではないのですが(アメリカの本当の意味での復興は第2次大戦での「軍需景気」にありました)、しかしアメリカの復興に貢献したことは間違いありません。

イギリスの経済学者ケインズは、このような政府の介入を理論化し、「政府の財政政策による需要増加によって、完全雇用(失業のない状態)を達成できる」と考えました。

このような考えは戦後、多くの先進国で採用され、資本主義は政府による計画経済の要素を取り入れた「修正資本主義」の段階に入った、と言われました。

そして、政府は社会問題の深刻さをなくすため、社会保障・社会福祉・所得再分配など、さまざまな公共サービスに力を入れるようになります。自然と行政の役割は増大していきました。このような国家のことをよく「福祉国家」といいます。

福祉国家のもとでは、政府・行政はさまざまなサービスを行う「大きな政府」であり、「アマチュアの集まり」である議会よりも、現場でサービスを行うプロフェッショナルたち=専門官僚たちが政策決定を行う傾向の強い「行政国家」が展開されたのでした。

しかし、行政国家はやがて曲り角を迎えます。次のページで見ていきましょう。