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中世のなごりを残す由緒ある小国たち(2ページ目)

ヨーロッパの小国紹介、第二弾です。今回はルクセンブルク、リヒテンシュタイン、マルタです。成り立ちの歴史が非常におもしろい。

執筆者:辻 雅之

1ページ目 【むかしは大国だったルクセンブルク】
2ページ目 【中世の遺産を現在に残すリヒテンシュタイン】
3ページ目 【ヨーロッパなのに言語はアラブ系、マルタ】

【中世の遺産を現在に残すリヒテンシュタイン】
「非武装中立」軍隊がひとりもいない国


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リヒテンシュタインは、中世ドイツにはたくさんあった小さな国家の1つが、今なお残っているという珍しい国だと考えていいでしょう。

今の領土になったのは1719年、シュレンブルクとファドーツという2つの国がリヒテンシュタイン侯爵家のもとで統一されたのがはじまりです。名目上は神聖ローマ帝国、ナポレオンが立てたライン同盟、ナポレオン没落後はドイツ連邦に入っていましたが、1866年独立しました。

小国ということで、東隣の強国オーストリアと同盟を結び独立を保っていましたが、第1次世界大戦でオーストリアが衰退すると、西隣のスイスと関係を深めます。通貨はスイス・フランを使い、外交もほぼスイスが代行します。

言語はドイツ語ですが標準ドイツ語とはちがう方言みたいなものです。やはり議院内閣制で、議会は一院制。現在は進歩市民党の単独政権となっています。強力な野党として祖国連合というものがあり、まあ二大政党制になっているようですね。

ユニークなのは日本では実現不可能といわれて久しい「非武装中立」が実現していること。軍隊は1名もおらず、50人の警察官で国の秩序を守っています。まあ、スイスという武装した国がバックについているからできる、ともいえるのですが。

このリヒテンシュタイン、中世の残滓(ざんし)をそのまま残したような出来事に、いま遭遇しています。第二次世界大戦で、今のチェコにあったリヒテンシュタイン侯爵の領地と財産を、ドイツチェコに対するの賠償に使われてしまった、ということで、リヒテンシュタイン侯爵がなんども裁判を起こしているのです。

侯爵個人名で行ったチェコでの裁判では、「侯爵はドイツ国籍だから侯爵の領地と財産はドイツの賠償に使われて当然」ということ(ドイツ語を話す=ドイツ国籍、という理論)で、納得行かない侯爵は、現在主権の侵害だということで国際司法裁判所に提訴しています。はたしてどうなるでしょうか。

まあ、中世はいろんな公爵やら侯爵やらがいろんなところに領地を持っていた。今は多く整理されていますが、リヒテンシュタインではまだ尾をひいているのですね。いかにも中世の落とし子、リヒテンシュタインならではの話だと思います。

精密機械の生産が盛んでおもな輸出品となっています。あと、小国に多い切手の発行で得る収入も少なくありません。また、観光業もじゅうような産業となっています。人口は約3万人程度。

 
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