「行きたいけれど、海老名は少し遠い…」となかなか伺えなかった『タダシヤナギ』の八雲店が ついに2005年9月19日OPENされました!海老名本店、マルイファミリー海老名店に続く3店目です。

場所は東急東横線 都立大学駅から徒歩8分。 (駅からお店へ歩いて行くと、まず厨房の入り口があるのでお間違いなく。)

白を貴重にした外観には白く光るYANAGIの文字が浮かび上がり、全面ガラス張りのオープンなお店は外からでも 色とりどりのケーキを眺めることができます。

清潔感溢れる店内にはいると、ガラスケースの中にある宝石のように輝く華やかなケーキが目に飛び込んできます。 ガラスケースは特注のもので、下の段のケーキが見やすいようにガラスの角度にも綿密な計算がされているため、全てのケーキを 無理な姿勢にならなくても選ぶことができます。

閑静な住宅街である都立大のマダムが次々と訪れ、スタッフの丁寧な説明を聞きながらケーキを購入されていました。


オーナーシェフの柳正司氏は、親世代からも絶大なる人気を誇り、現在のパティシエブーム以前から洋菓子の技術者 として活躍されていた方です。また数々の賞を受賞され、洋菓子業界に貢献されていらっしゃいます。

フレンチの老舗レストラン クレッセントでシェフパティシエを長年勤められ、さらに洋菓子の本場パリでも学ばれ 様々な賞を取得されています。

「素材を生かしつつ甘さをおさえ、軽さを出すために風味はもちろん食感も計算して構成します。 日本人の繊細な味覚に合った、胃の負担にならないようなお菓子作りを追求しています。」

というシェフの理念は“日本人による日本人のためのケーキ”をつくる洋菓子の技術者として長年培われた賜物でいらっしゃるのでしょう。

それを裏付ける華麗なるシェフの歴史をご紹介します。

■ 略歴 ■
1954年生まれ
1974年 高崎調理師学校卒業
1974~1983年 銀座三笠会館、ピュイダムールを経て1983年レストラン“クレッセント”へシェフパティシェとして入社。
1989年 パリの“メゾン デュ ショコラ”、ロワンヌの三ツ星レストラン“トロワグロ”で学ぶ。
1996年 専務取締役 総料理長 就任。
1998年 クレッセント退社
1998年 11月15日 パティスリー タダシ・ヤナギ 開店
2000年 クープ デュ モンド日本代表選考会 副審査委員長
2002年 4月19日 マルイファミリー海老名店 開店
2002年 クープ デュ モンド日本代表選考会 実行委員
2002年 クラプ・ガストロノミック・プロスペール・モンタニエ協会より“シュバリュサンフォーチュン”授与される。(プロスペール・モンタニエ協会会員)
2002年 エスコフィエ協会より“ディシップル”授与される。(エスコフィエ協会会員)
2004年 フランス料理アカデミー入会

■ 著書 ■
1995年 シェフシリーズ 67号 最新フランス菓子(中央公論社)
1996年 おもてなしのデザート(NHK出版)
2002年11月 “展開するチョコレート”全43品掲載出版(旭屋出版)

■ コンクール受賞経歴 ■
1993年 ブルーダイヤモンド グロワーズ社主催
 ・アーモンドを使ったケーキコンクール 1位
1993年 洋菓子協会主催コンクール
 ・プティガトー部門 1位(日本洋菓子協会連合会長賞)
 ・アントルメ部門 銀賞
1994年 第一回バター・生クリームを使ったプロによる洋菓子コンクール1位
1994年 洋菓子協会主催 洋菓子コンクール
 ・プティガトー部門 1位(日本洋菓子協会連合会長賞)
 ・アントルメ部門 1位(日本洋菓子協会連合会長賞)
 ・ショコラ部門 銀賞
1994年 第2回フランス食材を使ったプロのための全国洋菓子コンクール(SOPEX)1位
1994年 フランスガストロノミー国際メートルコンセイユ協会より、シュバリエ 受賞
1994年 フランス製菓連盟より、金メダル受賞
1994年 フランス料理アカデミー ディプロム ドヌール賞 受賞
1994年 全日本洋菓子工業界 理事長賞 受賞
1994年 日本洋菓子連合会長賞 受賞
1995年 クープ ド モンド(ワールドカップ)
 ・総合2位
 ・デセールプレザンタシオン部門 1位

■ その他 ■
東京都洋菓子協会 技術指導員、日本洋菓子協会連合会 公認指導員、日本菓子専門学校講師、東京製菓学校講師、 東京都洋菓子協会理事。鎌倉欧林洞 エグゼクティブシェフ

NHK今日の料理、男の食彩3回出演、生活ほっとモーニング、料理の鉄人、どっちの料理ショウ、チュウボウですよ、などTVにも多数出演。
オーナーシェフ 柳 正司氏









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