日本画/日本画関連情報

長澤芙美・創作らんちう小咄

・・・水槽の端から端までの記憶で、繰り返し生きる彼らの幸いとは何だろう。そう思っていたら、らんちゅうの身の上話でも作ってやりたくなった。

執筆者:松原 洋一

NAGASAWA FUMI

長澤芙美
1981年 兵庫県明石市生まれ
2006年 京都市立芸術大学美術科日本画専攻卒業

京都在住。鹿も鳴かぬ西方の山に杣を定めて暮らす。猫と金魚と絵に耽溺する日々。

ブログ:或ひは修羅の十億年

尊敬する作家:竹内栖鳳、山口華楊、竹内浩一

All Aboutで興味のあるサイト:ネコアジアごはん美肌づくり

◇まずは絵の話

「さるかに合戦」という話が教科書に載っていた。おにぎりと柿の種を交換したカニが、一生懸命柿を育てたのに、ずるい猿にまたもやおいしい所を持って行かれる話である。
それは私が小学校一年生の図画工作の時間だった。国語の授業で習ったこの話の、絵を描きましょうと先生は言う。当時すでに絵が大好きだった私は、エーとかキャーとか言っていちいちはしゃぐ児童を横目に、「カニと、大きな柿の木を描こう」と、黙々と描き始めたのを覚えている。入学時に全員買わされる12色セットの水彩絵具は、高学年のお姉ちゃん達が持っているような、金属製の小さなチューブに入った「水彩絵の具」とは全く違っていた。チューブが薄青いグレーのプラスチック製で、箱にバカみたいなイラストが入った、いかにもちゃちな、「こどもよう」という感じのセットで、私は7歳にして生意気にもそのプライドを傷つけられていたのだった。

さて絵の話に戻ろう。カニは赤で塗る。柿の木は茶色で。柿の木など見たことはなかったが、木は茶色が定石だ。そして枝には葉がついている。きっと葉は薄い緑色だ。ところが事件が起こった。件(くだん)の絵具セットに緑色は、入っていなかった。あるのは「 び り じ あ ん 」。
ビリジアン。生々しく、派手な、趣味の悪い、京都弁でいうところの「えずくろしい」色。こんな変な色で塗りたくない!と瞬時に思ったが、私は精一杯の熟考の末、ほとんど裸の木に、申し訳程度に2、3枚、葉っぱを描いて、その嫌なビリジアンで塗った。妥協であった。ちなみに混色をするという高等技術は持ち合わせていなかったようだ。

その後、私の「さるかに合戦」の絵は校内で優秀作品に選ばれることになる。右上に金色の紙のリボンをつけられてさらにえずくろしくなって、しばらく廊下に晒された。私は毎朝その前を、誇らしくもにがい気持ちで歩いた。それから10年以上のちのこと、日本画を描き始めてから、裏葉柳という美しい色を知る。衝撃だった。柳の、葉っぱの、それも裏の色。なんと繊細な色と名前なんだろうかと。それは「さるかに合戦」の柿の葉の色ではなかったけれど、あの廊下のにがさを、私は何故か少し思い出していた。

「十億年のうたたね」#3

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