■誇り、矜持。時として人生をいきづらくする「もの」を抱きしめて・・・
江戸時代の下級武士を主人公とした作品を多くものしている著者。本作の収録作品も、武家社会における固定化された価値観の枠内でそれぞれの人生を紡いでいく(あるいはそうせざるをえない)男女たちを主人公としている。
表題作の又右衛門しかり、苦界に身を落としながら父から教え込まれた武家の娘として制約を守りつづける女、出世を目指す主人公に愛され妻同然の立場でありながら、身分の違いから自ら身をひく足軽の娘もしかり。
上役との約定、身分の違い、武家の誇り・・・彼らを縛っているそれらは、時代錯誤である以前に、あくまで、外から与えられた「規範」であり「形式」である。しかし、時間の経過の中でそれを守りつづける、その意志の源泉は、あきらかに、彼・彼女たちの内にある「何か」である。その「何か」を、例えば、誇りと呼び、矜持と呼ぶのではないだろうか。
誇りは、人を時として生きづらくさせる。本人のみならず、周囲の者までも傷つける刃ともなる。表題作の主人公は、苦渋の12年を強いた上役からの詫び状を握り締めて「こんなもので」「こんなことで」と歯軋りをするが、彼にとって、「こんなもの」「こんなこと」は、詫び状ではなく、自らに内在する誇りであったのかもしれない。
「こんなもの」「こんなこと」を抱きしめつつ「生きる」ことのやるせなさ、重さ――奇を衒うこともなく、大上段から説教するのでもない静かな物語の行間からそんなものがじんわりと染み出してくる作品である。
★あえて、アラ、捜します!
練り上げられた文体。言葉の一つ一つにまで推敲が重ねられている感じがします。著者の真摯な創作姿勢の現れ、なのですが、読んでいると、ちょっと息苦しい。
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