現代になって開発されたユニークな複雑機構
ピエール・クンツ「レトログラード・セコンド」。6時位置の秒表示が30秒毎に0に戻って反復運動をするモデル。自動巻き、18Kレッドゴールド。157万5000円 |
時計の複雑機構を歴史的に振り返ると、トゥールビヨン、ミニッツリピーター、パーペチュアルカレンダーなどは18世紀から19世紀にかけて、クロノグラフは19世紀後半にほぼ出揃う。現代の複雑時計は、そうした過去の発明や開発に基づいている。
ところが、針が反復運動する「レトログラード」となると、歴史的な事例は筆者の知る限り見当たらず、むしろ現代になって開発が進められた複雑機構と考えられる。スイスで発刊され、時計の設計者や職人が使うプロフェッショナル・ディクショナリー(1961年初版、1988年改訂)なるもので「レトログラード」という項目を引いてみると、たんに「逆戻りする動き」という言葉の意味が記されているだけで、これを時計機構として説明する文言はない。
ピエール・クンツ「パーペチュアルカレンダー」。永久カレンダーの表示で、日付(3時位置)と、曜日(9時位置)にレトログラードを採用。自動巻き、18Kグレイゴールド。514万5000円 |
レトログラードとは、反復運動を行う針によって時刻やカレンダーなどを表示する複雑機構を指す。一例として、7日を一周期とする曜日表示を取り上げてみよう。かりに月曜日を始点とするカレンダーなら、レトログラードの曜日針は、まず月曜からスタートして、火曜、水曜というように、1日ずつ移動していって、日曜で終点に達する。しかし、このままでは1回限りで表示が終わってしまうので、日曜に切り替わるときに針を元の位置までジャンプさせ、次の月曜へと移るのである。
機械式時計の表示機構は、歯車の回転を利用している以上、表示針も円運動が基本である。したがって始点と終点は同じ位置にあり、動作はつねに連続している。ところが、レトログラードは、始点と終点の別があり、針はその間を一定の周期で移動する。そして、終点と始点をつなぐために針を進行方向とは逆にジャンプさせるわけだ。ただし、上のカレンダーの例でいうと、月曜→日曜→土曜というように逆方向に「遡行」するのではない。
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